当社では医療BCPのコンサルティングをさせて頂いておりますが、ウェブサイトからのお問い合わせで、なぜか保育園の避難訓練に関するものが多くあります。
今回は、ご質問にお答えすべく、記事にまとめてみました。
形骸化!?
避難訓練とは『消防計画』に則って行われる事が多いです。
計画書に書いたのだからやらなければならない、避難訓練をすることが目的化してしまっています。
定刻に非常ベルが鳴り、放送が入り、上履きのまま園庭に逃げ園長先生のお話を聞く、このような流れがお決まりにパターンとなっている園も少なくないのではないかと思います。
ビギナーには重要
園児にとっては避難訓練は非日常であり、経験した回数も少ない新鮮なものです。
普段は靴を履き替えなければならないところが、今日だけは許して貰えるとあって、ルールを逸脱できる場面もあるという事を知っていきます。
よく『お・は・し・も』という言葉を使って子どもたちに防災教育が行われますが、避難訓練とおはしもがひとくくりで覚えられれば、非常時に役に立つと思います。
園児だけでなく先生や保護者にとっても新鮮な場合があります。
特に新任の先生は園児の避難誘導は初めて、保育園の場合は自分では避難できない小さい子供もいるため、先生の活躍が生命に関わります。
ビギナーにとって、基本的な避難の訓練は重要です。
狙いはイレギュラー
基本通りの避難ができてこそ、型破りな避難も習得する意義があります。
ベテランの先生にとっては、避難誘導は何十回も訓練してきたので身についていますが『もしあの出口が使えなかったら』『もし火の手が早く回ってきたら』など、色々な場面が想定できてしまいます。
イレギュラーなケースとして、2019年に起きた京都アニメーションの放火事件は記憶に新しいところです。
[Link] 総務省消防庁: 京都市伏見区で発生した爆発火災を踏まえた京都市消防局の取組について(情報提供), 事務連絡, 消防庁予防課, 令和2年3月17日
[Link] 京都市消防局: 火災から命を守る避難の指針, 2020年3月
基本は順路どおり
まず、避難の基本です。
消防計画にも記載すると思いますが、基本となる順路があると思います。
まずは基本に忠実な避難ができなければなりません。
危機から脱する手段
講堂が2階にあり、その下が給食室になっている。給食室から出火したが火災に気づいたときには出口は炎に包まれていて順路どおりの避難ができない。
このようなケースは容易に想定ができると思います。
大人であれば2階から飛び降りるという手段も選択できますが未就学児とは身長差が1mもありますので簡単な事ではありません。
このような危機的な状況に直面したとき、その場での発想だけでは良い選択肢が思い浮かばない可能性もあるため、平時にシミュレーションを行います。
図上演習や兵棋訓練、ロールプレイなど呼び方は色々とありますが、想定外を減らすための想定訓練です。
隔離と待避(退避)
京都アニメーションの放火事件では、出口に向かう通路は犯人が撒いたガソリンによる炎と煙で通行不可でした。
このような場合の対応として、隔離と待避が重要になります。
隔離とは、火災が起きているエリアとの隔離です。特に煙は縦横無尽に広がり、視界や呼吸を妨げます。
待避とは、火災が起きているエリアからの逃れ、助けを待つことです。
要救助者が居る事に気づいてもらいやすい場所はどこか、煙が侵入しづらい場所はどこか、水が確保できる場所はどこか、こうした事を考えて隔離と待避を実施します。
隔離と待避の訓練
どのようにして隔離と待避を身に付けるべきかといったご質問も頂戴する機会が多いです。
園児たちにあまり恐怖を体験させるのも良くないので、園児を参加させるか否かは園の判断として、先生方にはぜひ体験していただきたいシナリオがあります。
階層は2階以上の場所、避難口誘導灯を2つ探し、その間にある部屋で訓練を開始します。
落雷により1階天井裏の電線が一斉に発火、1階は人が立ち入りできる状況ではありません。
上階へ黒い煙が流れ込んでいますが、炎はまだ上がってきていません。
消防車が到着し救助活動が始まるまで15分間を想像しながら行動して下さい。
エスケープゾーンの選定
まず、隔離と待避に適当な場所を探します。
煙が入っては困るので、ドアや壁が無ければなりません。
救助してもらうためには、そこに居る事を知ってもらう必要もあるため窓が無ければ困ります。
救助が開始されるのが10分後であったとしても、あなたの所へ救助の手が回るのは1時間後かもしれません。
その間も生き続けるためには空気が必要ですし、できれば水も欲しいところです。
水があって、火の気がなく、窓もある場所としてトイレが候補されますが、保育園のトイレには扉が無い事も多いので、煙が簡単に流入するようでは選択肢から外されます。
火や煙が階段を通じて流れてくるのであれば、階段から遠い部屋を選択するのも良い方法です。
救助のしやすさから、大きな窓がある部屋を選択するのも良い方法です。
エスケープゾーンは作れる
訓練の際は色々と失敗して頂くことも経験になるので良いですが、本当の非常事態では隔離と待避の質が重要になります。
まず隔離です。
ドアを閉めた時に煙が入ってこない事が条件になりますので、目張りのテープなどがあると良いです。
工事用の養生テープで十分です。ほどほどの粘着力があり、手でちぎれる点で優れています。
今すぐ各室に『防災用』として配備すると良いアイテムです。
隔離されたスペースができたら、次は待避です。
窓から新鮮な空気を取り込み、なおかつ助けを求め、そして窓から救助してもらいます。
窓を開けることで外から煙が入ってきてしまう可能性もあるので、窓が全開にできない事も想定します。
助けを求めるために、旗などのサインがあると良いです。何色でも良いのですが、なるべく外壁の色と拮抗するような大きめの布を用意すると良いです。
助けを呼ぶという点においては、ホイッスルも有用です。
映画タイタニックでも使われるシーンがありましたが、古典的な方法です。
煙を吸って、命からがら逃げ込んだ人は、痰などの分泌物がたくさん出るので、飲用水があると重宝されます。
目張りテープと一緒に、1本でも良いのでペットボトルの水を『防災用』として各室に保管しておくと良いです。
エスケープゾーン誘導訓練
エスケープゾーンという言葉は難しさを感じ、子どもたちは直感的に何であるかわからないと思います。
『鬼ごっこ』で『安全地帯』のようなローカルルールを設けてはいかがでしょうか。
そこに居る時には、鬼からの攻撃を受けない、ただし、誰かに助け出して貰わないと抜け出せない、というルールが身に付けば、子どもたちの中からエスケープゾーンを理解する子が出てくるのではないでしょうか。
エスケープゾーンは防戦一方です。
鬼を退治することはできないですし、自力では脱出もできないです。
退避・待避専門です。
火災でも、エスケープゾーンに逃げ込んだあとは、入口を目張りして炎や煙を少しでも遠ざけます。
そして、屋外に面した窓などから助けを求めます。
火災だが、窓を開ける
火災時の初動の基本は『窓を閉める』が常識です。
火に酸素を与えない、煙が回るの抑えるといった狙いがあります。
しかしながら、隔離と待避を実践する際には、窓を開けることがあります。
その前提条件としては『隔離』ができている事です。
廊下等に面した扉などを目張りし、空気の流れが遮断された状態であれば窓を開ける事も許容されます。
保育園では扉以外に、廊下面には窓も付いていて、高い位置にも小窓があったりします。
それらが密閉されているか、しっかり確認してから窓を開けるようにします。
窓を開けられる条件を口述訓練
週1回でも月1回でも良いので、どのような時に窓を開けて良いのかを口述で訓練すると良いです。
廊下扉に目張りをし、煙が進入しない状況であれば避難路確保のために窓を開ける選択肢もある、といった事を口に出して言う事で浸透しやすくなります。
園長ら上長が居る前で発言することで、それを上長が肯定することで、現場裁量として『できる』という自信にもつながります。
どのような時は窓を開けて良いのか、園内でいくつも想定し、それを口に出して確認し合う、そうした訓練を日頃から取り入れてみてはいかがでしょうか。
園内研修
園内での避難演習のための資料を当社独自に制作しました。
未来ある子どもたちのために奮闘する先生方を憂い、当社では資料を無償提供する事としました。
当社代表は臨床工学技士、これは保育士と同じ『士』(さむらい)の字を使う資格です。
何らかの専門を持ち、その職責を果たすために日々働く、その志は同士であると一方的に考えています。
消防署に相談
当社でも判断に迷うようなことがあれば、消防署や総務省消防庁に問い合わせます。
今回話題にした窓を開けるということについても、相談した上でBCPに取り入れたりしています。
避難訓練はまさに『避難』の方法を習得する物ですが、消防訓練という事であれば避難だけが行動ではありません。
当社が関わる医療機関では、避難できない人も多い事を想定し、避難しない消防訓練も提案しています。
病院では、ベッドが動かせる範囲での水平避難を実施、垂直方向への避難には救助要因が必要であり、また生命維持管理装置を装着していれば垂直避難は困難な場合もあるので、あらゆる手段を想定して訓練します。
ベッドが動かせず、クレーンを使って動かした事例もあります。普通にできる事だけが手段ではないので、柔軟な発想が必要になります。
その考えを裏打ちする方法として、消防署など知見が蓄積されている機関への相談が有用になります。
GOA: goal-oriented action
目標に志向した活動として、非常時の緊急事態回避策として実践するために、平時からトレーニングを積み上げます。
当社では『秩序と良心に基づく行動』である事を重要視し、GOA実践のために演習などを積み重ね、リスクとベネフィットの判断が組織内で共有できる暗黙知となるように努めています。
園庭に敷いたマットに園児が飛び降りる。平時なら非常識な行動です。生命を脅かす危害要因が目前に迫っているとき、誰かが園庭にマットを敷いて飛び込みを促したとき、非常識だと批判する事が園児にとって有益であるか、判断が難しいと思います。
こうしたケースを、現場裁量で実践できなければ『園長の指示を待つ』という間に多くの命を失うかもしれません。
参考資料
京都市消防局
火災から命を守る避難の指針
⇒ 京都アニメーションの放火事件後に策定された指針です。
東京消防庁
保育施設の防火防災対策
⇒ データや事例を画像付きで説明している42ページのPDFファイルです。
川崎市
保育施設等のための防災ハンドブック
⇒ PDF化された資料が4点用意されています。
防災訓練用対応ケース集(付録)
保育施設のための防災ハンドブック(経済産業省)
保育ママのための防災ハンドブック(経済産業省)
ベビーシッターのための防災ハンドブック(経済産業省)
内閣府防災情報のページ
未就学児のための防災訓練の手引き
⇒ シンプルに書かれた参考資料です。PDFで13ページです。
滋賀県
保育園消防計画(word)
保育園消防計画(PDF)
⇒消防計画の雛型です。
群馬県太田市
幼稚園、保育園、養護学校、小中学校等用消防計画(word)
幼稚園、保育園、養護学校、小中学校等用消防計画(PDF)
⇒消防計画の雛型です。