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災害時の透析 | NES’s blog

 弊社では災害時の医療についてコンサルティングしています。

 筆者は臨床工学技士であり、通院患者400名以上の透析施設の技士長も経験したことがあり、災害時の透析については10年以上研究しています。

 今日は東日本大震災から12年となる3月11日、改めて災害時の透析について考えるとともに、私たちが創出したソリューションについてもご案内したいと思います。




はじめに

 災害時には、続けなくて良い仕事と、続けなくてはならない仕事があります。
 続けなくてはならない仕事の中には、少しの間も止めることなくシームレスに続けることが重要な仕事と、多少の遅延は許容されるがなるべく早くに実施すべき仕事があります。

 医療は『災害医療』と『災害時の医療』に大別できます。
 『災害医療』は厚生労働省もホームページを作っているくらいなので、政府の関与も濃厚な医療です。災害拠点病院やDMATなどは災害医療の施策です。いわば災害に特化した医療、ある種の専門医療や診療科とも言うべきものが災害医療です。

 他方で『災害時の医療』には定義がありませんが、弊社では『災害時でも続けなければならない医療』という意味で使っています。
 慢性期の医療で残薬も多く、数日の診察の遅れが健康に影響しないような場合は休診を選択しても良いと思います。
 しかしながら、現に入院している患者を放出することはできませんし、ある時期までに診療を開始しなければならない患者に対しては何らかの方法で診療を提供する必要があります。

 血液透析、特に外来で通院する慢性維持血液透析については『災害時の医療』の中でも『災害時の透析』としてフォーカスされるべきものです。




災害時の透析

 災害が起きても透析患者の体内では代謝が起こり、老廃物が発生します。
 健常者であれば排泄行為により老廃物を体外へ出すことができますが、透析患者ではある程度の時期までに透析治療を受けなければ尿毒症などの健康被害が生じ得ます。

 すなわち、災害時であっても透析が必要であるということです。

 では、災害時にはどのような方法で透析をするのかを考えると、過去の大災害を見ても2通りに分かれています。

 1つは、自院で透析を施行する方法です。患者は通いなれた施設へ行き、施設側も出来得る最大限の診療を提供するというものです。

 もう1つは被災していない遠隔地へ出向いて透析医療を提供してもらう方法です。これを支援透析と呼びます。




支援透析

 支援透析には、患者と施設のマッチングが必要になります。

 そのマッチングは医療機関同士が直接連絡を取り合う方法と、仲介者を立てて行う方法があります。

 仲介者には透析医会や透析医学会といった民間団体の関与、行政が主導する協議会のようなコーディネート組織、保健所などが独自に行うマッチングなどに大別できます。

 新型コロナウイルス感染症患者の入院コーディネートで保健所が疲弊したことは報道で知る人も多いと思いますが、1日で捌ききれないほどの人数を要請されたときに破綻が見えてきます。

 近年は各学会が『リエゾン』を置く様子が見られますが、平時にコーディネートを専業としている訳ではないので、どの程度の災害まで対応できるのかは発災してみないとわからない部分も多くあります。




自院で透析

 シンプルなのは、被災しても自院で透析する方法です。

 外部の需給を気にすることなくできるので、不安感は少なくて済むようにも思えます。

 一方で、自院で透析を施行するためにはいくつかの課題をクリアする必要があります。

 エネルギーインフラとして水と電力が必要です。

 平時であれば患者1人あたり、透析液が0.5L/min、4時間透析で120L/回の水を使います。1日100人が透析を受ける施設では、単純計算でも12,000L、12トンの水が必要です。これ以外に透析液製造や回路洗浄などにも水が使われます。原水ではなくRO水を使うので、RO装置でのロスもあります。

 電力も透析装置1台あたり10A程度、透析液供給装置なども数十アンペア必要です。コンピュータや体重計なども電力が必要です。




災害中の余震

 発災後の復旧により自院で透析を施行できたとしても、地震の場合には余震の恐れがあります。

 余震による揺れでケガをする可能性は低いとしても、停電や断水が発生する恐れがあります。

 余震によって発生した断水が、容易に復旧できるものでなかった場合、透析患者は他施設へ行く必要があります。

 発災後にまったく透析を受けず、いつもの施設で受けられると思って準備していた場合、支援透析の用意はしていないと思います。この時点から支援透析を要請すると、他の施設が予約している枠の間隙を狙う必要があり、調整は難航が予想されます。




透析施行に不可欠なこと

 透析の施行に不可欠なことを考えると、水や電気に視点が行くことが多いですが、そもそもヒトが居なければ透析はできません。

 施設透析でも在宅透析でも共通して不可欠なのは患者です。

 支援透析でも自院透析でも、患者が居なければ解決には至りません。




透析患者の動静

 透析患者の動静を知る事の重要性は、最大級です。

 水や電気に関する情報は外部から収集するものもありますが、自院に通院する患者の情報は、自院が収集しなければ外からは入ってきません。

 そして、患者の動静を知らずにドンブリ勘定で施行人数や施行時間を決定しても、それは机上の空論にすぎません。

 透析医療で重要なことは、過半数や十中八九ではなく、全患者に透析医療を届けることが重要です。99%の患者に透析を提供できても、1%の患者が透析を受けられなかったとすれば、その1%の人には生命危機が訪れているかもしれません。




透析患者安否確認システム(2013)

 2013年、透析施設の技士長をしていた筆者は、透析患者の安否確認について疑問を持ちました。

 400人超が通院する透析施設において、その安否確認の方法は音声通話であることを当然としていたためです。

 1患者1分で電話を切っても400分、4回線使っても100分かかります。輻輳状態により、すぐにつながることは期待薄です。
 電話回線は市水道局、電力会社、透析リエゾンなどからの連絡を受けるためにも必要なため、架電し続ける訳にはいきません。


 そこで、当時開発したのが電子メールを利用した安否確認システムです。
 当時のガラパゴス携帯(ガラケー)と呼ばれる端末でも連絡できるように仕組みを考案しました。

 このシステムが完璧であったとは当時も思っていませんが、仮にシステムで3割の人の連絡が済めば、同院では100人以上の架電が不要になる計算でしたので、その効果の高さには期待していました。




10年越しのリニューアル

 2013年の安否確認システムからだいぶ時間が経過し、ICTを取り巻く環境も大きく変わりました。

 そこで、2022年に改めて開発を始めました。透析患者の動静を確認できるシステムであることは変えず、もっと広い用途に使える汎用システム化をもくろみました。

 下図は基本構成図ですが、当時と同じくメールサーバをデータベースとしています。




不携帯

 2013年当時の外来透析患者の情報端末(ガラケー)の保有率は100%とは遠かったことを記憶しています。
 家の固定電話で十分という人が多かったので、携帯電話やメールアドレスは持っていない前提で検討していました。

 そこで実装したのが二次元コードを使ったメール送信でした。避難所でも、駅でも、居合わせた誰かにガラケーを貸して貰えれば、それで通信ができるというものです。

 2022年のリニューアル後も踏襲しています。
 当時課題であった、情報端末の貸し手のメールアドレスを使わせてもらうという点は解決され、10KB程度の軽いウェブページへアクセスすることで匿名で連絡できるようになりました。

 今ではもしかすると、毎日しっかり充電して持ち歩いている高齢者の方が、非常時に連絡できる可能性が高いかもしれません。




災害伝言ダイヤル

 以前から御指摘を受けることが多かった話題に災害伝言ダイヤルがあります。

 『171』の電話番号から始める伝言は、伝言を残す事と、聞く事ができます。

 これでも安否確認はできますが、これには大きな課題があります。

 先にメリットを挙げておくと、同時に複数名が連絡してきても録音できるため回線の混雑や優先順位は付ける必要が無い点が大きなメリットです。通話に自院スタッフを当てる必要はなく自動的に録音がたまります。

 デメリットの1つは、音声を1件ずつ聴いて名簿化するなどの手間が発生します。聴き取りづらい内容は確認のしようがないので本人に問い合わせる必要があります。名乗って貰えない場合なども困ります。

 前述と関係しますが、収集したい情報を集められない可能性があります。架電側は言いたいことだけ言うので、言って欲しい事を言って貰える確約はありません。

 見落としがちなデメリットは、録音数に上限があることです。1回線あたりは20件とされています。21件目が入れば1件目が削除されて20件をキープします。10分間で100人が連絡してくれたとし、10分後にまとめて聞こうと思っても、聞けるのは20人分だけです。
 全国で800万件程度という上限もあります。災害伝言サービスを使う人が増えると、上限に達してしまうまでの時間は短くなります。防災意識の高まりが、逆に影響してしまう恐れがあります。




集めることより、活かすこと

 そもそも透析患者の動静情報を収集する目的は、収集したという結果を出す事ではありません。その情報を活かし、透析患者にしかるべき透析医療を提供することがゴールです。

 昨年の学会では、透析患者の動静管理に関する2つの演題を発表しました。1つは先述のシステム開発です。


 もう1つは、そのデータを活かすための研究です。
 『脅威同定とタイムライン』と題したとおり、自院にとっての脅威とは何かを知った上で、その脅威を近づけさせないためのタイムラインの開発を行いました。


 例えば、自治体が公表している地域防災計画を読み漁った結果、透析について触れている自治体が非常に少ないことがわかりました。ここに脅威が潜在しています。
 ただし、市役所へのインタビューでわかったこととして、分娩よりも透析を優先している自治体が多いようでした。透析は受けられなければ人が死ぬが、分娩は病気ではないので放っておいて良い、という教育を受けた市役所職員も居ました。これは誤解が含まれていそうなので周産期医療を担う先生方には情報発信をお願いしたいところです。




いまどこ?これからどうする?

 一般的に安否確認といえば安か否かを確認できれば一段落です。

 しかしながら透析患者の動静確認では、フェーズが変わるごとに収集したい情報が変わっていきます。

 発災当初は『無事ですか?』と同時に『通院できそうですか?』の確認が入ります。次に『来院できる時間帯をすべて教えて欲しい』という情報が欲しくなります。

 透析ベッドがフルに使えれば平時と同じシフトで回せますが、例えば半数が使えないとなると1日2クールであったものを4クールに増やす必要があります。あるいは、重要な部材が24時間以内には入手困難となると、24時間は透析が停止するので治療待ち患者が増えるため、やはり1日4クール必要になります。

 自院で透析の場合にはベッド繰りは自院で完結できますが、支援透析を利用する場合には受け入れ側の都合が関係してきます。毎晩20~24時に20人の枠を作ってくれる施設があったとすると、まずは都合の合う20人を見つけて、まとめる必要があります。その20人枠に入れなかった人の透析施設も探し続ける必要があります。

 支援透析の場合、次々と提案される受入先情報に合わせて患者の動静も確認していく必要があるため、何度も連絡を取れる仕組みをつくるか、透析患者が集まる拠点でコーディネートを実施していく必要があります。




私たちのシステム

 私たちが開発した多用途安否確認システムを透析施設で使用する場合、大きく2通りの連絡に使います。

 1つ目は患者の来院確認用です。
 この目的で開発が始まったシステムゆえに、この機能は外せません。

 設問の置き方は工夫が必要ですが、高齢者や視力の弱い方など様々な患者を想定すると、設問は少ない方が良い場合もあります。

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 この患者確認機能の延長線上に、支援透析の確認機能があります。自院での透析施行が困難になった場合や、疎開者が多い場合など背景事情は様々です。

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 2つ目の使い方は従業者の参集確認です。
 誰が何時頃に来れるのか、誰も来れないのか、その情報を精緻に収集して集計するためにこの参集確認機能が必要になります。

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 これらの情報は一元管理され、グリッド(一覧表)で可視化されます。
 そこには様々な集計機能があります。


 例えば参集可否を5分類して情報収集した場合、その分布をグラフ化して見る事もできます。
 データはMicrosoft Excelで扱える形にも変えられるので、Excelを使って自在に編集や集計をすることも可能です。


 私たちは、透析現場で活かせる情報を提供するために、この安否確認システムを開発しています。

 販売もしていますので、ご関心のある方は詳細情報をご参照ください。




支援透析拠点の研究

 私たちは現在、支援透析の拠点に関する研究を行っています。

 支援透析に関しては解決すべき課題が山積しているように見えますが、もしかすると既に解決済なのかもしれません。

 私たちなりの課題の解釈と、その解決策について次の3月11日までには答えを出したいと考えています。




おわりに

 今回は災害時の透析について触れてみました。

 電気工事士でもある筆者にとっては、透析施設内でもやっておきたいことがたくさんありますが、院外での活動が重くなる支援透析についても深掘りしたい課題がたくさんあります。

 2023年は研究協力者とともに、1つでも多くの課題を解決できる1年にしたいと思います。

 透析施設のBCP策定やBCM(業務継続マネジメント)については生業としても受託していますので、関心を持った方々はぜひご一報ください。