2023年10月末に報道された食中毒事件は、複数の被害者が出る騒動になりました。
当初の報道からエリアが広がり、運営会社としても大きな判断を迫られることになりましたが、対応は迅速でした。
行政による公表(山口)
Google検索で『食中毒 山口』と検索すると1位に山口県庁の公式ホームページがリストされます。
検索1位のページを開いてみると、今回の事件についての詳報を見る事ができました。
記事によると10月23日(月)から10月30日(月)の間に、周南市、防府市、山口市において、腸管出血性大腸菌O157患者が発生し、患者が利用した飲食店の調査を実施し、判明した内容を示しています。
飲食店が10月15日(日)に調理・提供した食事を喫食した4人中3人が下痢、腹痛等の症状を呈し、その後は快方に向かっているとのことでした。
山口県庁のホームページには『食中毒予防・発生状況』というページがありますが、リストでは下位になっていました。
行政による公表(大分)
Google検索で『食中毒 大分』と検索すると山口とは異なる感じのリストが出てきました。
リストの1位は大分県庁です。
今回の事案は大分市の保健所(福祉保健部衛生課)の管轄でしたので県庁のホームページのどこを探しても事件については見つかりませんでした。
令和5年の食中毒発生状況のリスト内には、最新情報として10月12日発生のアニサキスによる食中毒が表示されていました。
大分市保健予防課からの速報として、10月19日(木)から10月21日(土)の間に当該飲食店で喫食した4グループの内の5人が食中毒症状を訴えたとのことでした。
潜伏
大分市の5人は0~9歳の小児が3人、20歳代が2人でした。
大分市の公表資料を見ると、腸管出血性大腸菌 O-157 による食中毒の潜伏期間は55時間~138時間であったとのことでした。
山口県の場合は10月15日に喫食して、発症が10月23日から30日なので、8日~15日間、1日を24時間で単純計算すると192時間~360時間の潜伏期間があったことになります。
行政の初動
山口県の資料によれば、宇部環境保健所長による措置として『営業者に対し、11月1日(水)16時から11月4日(土)24時まで食品衛生法に基づき当該施設の営業停止を命じ、施設内外の清掃・消毒及び食品衛生管理の改善を指導中である』と報じています。
取り急ぎ『施設内外の清掃・消毒』は実施しなければ、現場に残っている病原体が次の食中毒を起こす恐れがあるので必要なことですが、10月15日に喫食した者の最初の発症が8日後なので、飲食店側が覚知したのはその頃だと思います。この8日間は食事を提供していたので、普段どおりの消毒や清掃で取り除くことはできていたと考えることもできます。その点はしっかりと実践されていたことが窺い知れます。
営業停止は11月1日からなので、病原体を含んでいた可能性のある食事の提供から半月後です。
店舗の初動
飲食店としての初動は、食中毒疑いを覚知してから速やかに休業し、何かしらのお墨付きを貰わないとネット上で炎上する恐れがあります。
食中毒の疑いが報道された時点で、食中毒が在ったかどうかは議論されない可能性もあるので、初動が重要になります。
自らが原因で食中毒を起こしてしまった場合は、交通事故などと同様に被害者救済に向けた動きが必要なことは当然です。
被害者救済にはお金も必要なので、お店の経営を継続することが被害者にとっても重要になります。廃業に追い込まれないように初動は重要になります。
では、何日くらい休業するのが適当であるかという点は、準備の状況にも左右されます。
運営会社の初動
複数店舗経営している運営会社の1店舗で食中毒が発生した場合、他の店舗での対応は難しい判断を迫られます。
半完成品の食材を提供した飲食店で食中毒が起きた場合、食材を提供している会社側にも対応が求められますので、一旦は中央から配送されている食材を使うメニューは提供を停止すべきかと思います。
ドリンクとデザート以外はセントラルキッチンから供給しているとすれば、当面はドリンクとデザートのみ提供するお店になってしまいます。
今回の食中毒では『ハンバーグメニューを一時販売休止いたします』というプレスリリースが出ていたので、疑わしいものは排除して運営するという選択をされたようです。
供給を受けていた店舗
仕入れた材料などが汚染しており、各店舗では何ら問題がない運営をしていた場合、対応に苦慮します。
元をたどると、契約書に賠償責任を明示しておいて、例えば4日間は無条件で休業補償をしてもらうなどの内容を決めておくと判断が早いと思います。
おそらく、休業するとしても返金など顧客対応は各店舗で行われるので、実質的には売上ゼロ、人件費等の経費は必要という期間が生じる事になります。
補償の有無に関わらず、一般顧客から見れば『食中毒を出したお店』というレッテルを貼ってしまうので、とりあえずは1日でも『徹底的な消毒のため休業します』という意気込み、そして専門業者を入れて清掃するなり、在庫している食材や調味料などをすべて廃棄するなり、何らかの行動が必要になると思います。
保健所の指導も入ると思いますし、おそらく営業停止の処分も下されると思いますので、初動としては食中毒疑い者が出た時点で迅速に、その後に行政の指導に従って対応し、あとは信頼回復、客足が戻るように仕掛けていくしかありません。
批判の的をつくらない
ハンバーグの前には、駅弁の食中毒事件もありました。
この会社の記者会見は、事件を真摯に受け止めている感じがあり、共感を得られたと思います。
一方でウェブサイトでは、デジタルデータとして検索に引っ掛からない形の活字を使っており、これがネット上に残る痕跡を少しでも減らそうという悪意があるのか、技術的な問題でそうなっているのか、真相は不明です。
症状の出た被害者が521人、弁当を食べた人数はその何倍も居ると思いますが、それだけの人たちがネット検索しても情報をつかめないとなると、やや問題がありそうです。
公式サイトでは、Wordで作ったような文書が画像化されて貼られていますので、人間には読めますが、機械から見ればただの画像です。
公表資料は作成過程も重要
公表された資料を解析してみたところ、おそらくMicrosoft Wordなどの文書作成ソフトで作ったドキュメントを印刷し、そこに代表者がサインし、それをデジタル複合機でスキャンし、それをウェブに公開したと見られます。
ウェブの公表日付は10月17日、ドキュメントに記載されている日付も10月17日、そしてPDFファイルが作られたのも10月17日ですので、このあたりは良い作り方をしていたと思います。
もし、日付に乖離があった場合はどうなるでしょうか。
前日に作成したファイルが翌日公表されるとなると、なぜ1日ずらしたのかという疑念が生まれます。
リーガルチェックに時間を要することがあるので1日くらいは仕方ない面もありますが、攻撃される隙を作らないことが重要になります。
会社としては、起こしてしまった食中毒事件に対しては誠心誠意対応することになりますが、その最中に余計なことで謝罪する話題を増やさないことが得策です。
ハンバーグの会社のプレスリリースはウェブページもPDFもデジタルデータとして扱える形でした。
PDFファイルのプロパティを確認すると、こちらは弁当屋さんと大差なく、特にデータは入っていませんでした。PDFのファイル作成にはWordが使われ、Wordの機能を使ってPDF化されたことが窺い知れます。
両社に共通して問題があると考えられる点は、PDFファイルにロックがかかっていないことです。
おそらくインボイス対応で電子ファイルの取扱いを厳格化しているところだと思いますが、プレスリリースが改竄可能な状態でネット上にあると、思わぬところでフェイクニュース的なものが流れる恐れがあります。
両社とも『文書の変更』は『許可』になっています。
ハンバーグ屋さんのプレスリリースに使われていた会社ロゴは、解像度の低いデータでしたのでPDFから取られても問題ないかもしれませんが、便箋のレターヘッドのように偽造防止というか、出典を明らかにするために設けられたロゴであれば、簡単に流用されることは危害要因を増やすことになります。
平時から専門家の指導
今回の事件について、特に弁当屋さんの方は専門家のコンサルテーションが必要なのではないかと思いました。
食品を扱う上でのトレーサビリティやバリデーションのマネジメントが出来ていなかったようで、取り急ぎマネジメントシステムの導入と、専門家による指導が必要であろうと思いました。
感染症管理を専門とする医師や、感染管理認定看護師らを入れて、どのような経路で感染するのか、どのような消毒が有効であるのか、どのような症状を呈し、予後はどうなるのか、といったあたりを知る事は重要だと思います。
ハンバーグの方では9歳以下が3人、20歳代が2人と比較的若い人が感染症を引き起こしています。
かつてO-157が有名になった事件でも、子どもが感染して、亡くなってしまうという痛ましい結果がありました。
子どもが食べに来る、あるいは親が食べているものを耐性の無い子供に食べさせてしまうようなことが想定される店舗であれば特に注意が必要かもしれません。
ショッピングモール内のフードコートは小さい子を連れた家族が多く集まる場所であり、食べている様子を店舗関係者が見届けることもできないので、独立店舗とは違った対策が必要になります。
あらゆる面から、専門家のコンサルを受けることをお勧めします。
かつては医薬品以上
医学が今ほど発達していない頃、医薬品の種類もさほど多くなく、高嶺の花とも言うべき庶民には入手困難なものでもありました。
今では厚生労働省の厳しい規制を受けている医薬品ですが、昔は医薬品の取り締まりよりも食品の取り締まりの方が人員配置が多く、活発に指導されていました。
日常生活に密接に関わる食が脅かされては、国民は安心して生活できません。
農村から都市へと労働移動が起きた頃には、食品は買うものであるという文化が定着しましたので、粗悪品も売られるようになりました。
腐りかけた肉、そもそも何の動物の肉かわからないもの、怪しい成分の入った調味料など、取り締まりの対象は多岐にわたりました。
アメリカで医薬品などを規制する当局は通称『FDA』(エフ・ディ・エイ)です。
FDAは”U.S. Food and Drug Administration”の略称であり、医薬食品局などと訳されます。
その名の通り、医薬品と食品の規制当局です。
日本でも食品衛生法や水道法などが厚生労働省の所掌であるように、医薬品と食品は同等に規制を受け、国民の安全を守っています。
BCPを作る
食中毒に関するBCPについては、予防が第一ですので、全体の8割は予防についての内容になると思います。
発生してしまった後の対応はマニュアル的なものになるので、あまり計画する内容はありません。
臨時休業や緊急消毒、プレスリリースなどは発生後に行われる内容ですが、それらの準備は平時に済ませておくことになるので、事後についは流れに身を任せるような部分が多くなります。
食品を扱うからには、ときには人の健康に触れることになりますので、BCPは必要だと思います。
おわりに
筆者はかつて、旅行先で食中毒により入院したことがあります。
埼玉から千葉へ車で出かけ、海岸近くの駐車場に車を停めたまま救急車で運ばれた記憶があります。たぶん親に迎えに来てもらって自身の車で帰ったと思いますが、あまり覚えていません。
食中毒になると、風邪をひいたときなどに見るような嘔吐ではなく、胃の中が空っぽになってもまだ何かが出てくるような、そうした症状に見舞われます。たぶん胆汁なども吐き出して、とにかく体内から病原体を出そうと身体が反応します。
極度の脱水症状になる可能性があるので早めの点滴が必要ですが、それ以上にできることは少ないかもしれません。
飲食店で対価を払って食事をして、それで食中毒になった被害者は裏切られた感覚を持つかもしれないので、そのあたりは手厚いケアが必要だと思います。
一方で、被害者側もお店が存続しなければ賠償もできないことに理解をしなければ、十分な賠償を受けられないかもしれません。
経験的に言うと、入院は1泊で済んでも、仕事は1週間以上フル稼働に戻れないと思います。月の4分の1を休み、それを迅速に補償してもらえないとなると生活に支障がでる人も居ると思いますので、被害者全体のバランスも考慮することで、結果として被害者には手厚いケアが提供されることになるのではないでしょうか。
サービス提供側は、食中毒のリスクを把握した上で経営すべきですので、それに対するBCPは必要不可欠であると思います。
『想定外だった』ということがないように、他社の教訓を踏まえて、備えていくと良いと思います。