医療有資格者は短くとも3年の養成課程、医師は6年の養成課程を経て国家試験に合格し、免状を取得します。
養成課程に入る段階で高度な学力を求められる学校もあるため、単純に年数だけで見るものでもありません。
それだけのハードルを乗り越えて獲得した免許ですが、その免許で行われるスタンダードな仕事に飽きてしまう人、不向きだと感じる人、生活に合わなくなってしまった人は、新たな道を模索することになります。
養成課程を卒業して免許を取得した場合、大多数が医療機関に就職しますが、それは新卒者として臨床経験を積むことが重要であること、新卒者でないと未経験者は雇ってもらいづらいという背景もあります。
この記事では、免許に合致したスタンダードな臨床家として進むキャリアの他に、新たな道を生み出す方法はないか、といった疑問に答えていきたいと思います。
- 残業規制
- タスク・シフト/タスク・シェア
- 医師に近づける?
- 人材マネジメント
- 人材マネジメント精度
- キャリアを定義
- キャリア開発プログラム
- リスキリングorリカレント
- リカレントの費用問題
- 先輩も1年生
- 育成計画書・キャリア開発計画書
- 計画書策定
- 組織orセルフ
残業規制
『2024年問題』などと一言で片づけられているようにも思いますが、2024年4月から時間外労働の上限規制が適用される職種があります。
- 医業に従事する医師
- 工作物の建設の事業
- 自動車運転の業務
- 鹿児島県及び沖縄県における砂糖を製造する事業
上記4業種の中で製糖だけ異質な感じですが、製糖期に集中する業務を季節工の雇用により2交代制で工場を24時間稼働させるという力業が、今回の法規制に引っ掛かったようです。
自動車については『物流2024年問題』などとして取り上げられ、建設については『万博に間に合うのか』などとしてマスコミでもしばしば取り上げられています。
物流や建設では、その職業の成り手が足りないという面がありますが、途中交代しづらい現場管理の問題もあります。
医師については、日本の医療現場の生産性の悪さが指摘されてきた背景もありますが、病院自体が24時間営業、患者の病態は時間帯に合わせてくれないため、他の職業とは異なる事情があります。
医師の時間外労働を減らすため、タスクシフトやタスクシェアが検討されてきました。
【参考】厚生労働省:時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務
タスク・シフト/タスク・シェア
『2024年問題』の解決策として、医師の数を増やすでもなく、医師の仕事を合理化するでもなく、導き出された答えの1つが医師の仕事を他の職種に渡すという方法です。
医師偏在の是正や労務管理の推進などは並行して行われますが、全国的に面でカバーされる対策はタスクシフト/シェアではないかと思います。
医師のタスクシフト/シェアの実施に伴い、法改正も行われました。
海外では既にタスクシフト/シェアを実施した国々があり、その初期は教育に様々な課題を抱えたようですが、結果として能力の高い労働力を確保したという事例が見られます。大きな影響とはならないものの、医療経済的にも低減方向に働くとの見解もあります。
【参考】厚生労働省:医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会(2020年12月11日最終)
【参考】厚生労働省:医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフティングに関するヒアリング(2019年7月26日最終)
【参考】厚生労働省:医師の働き方改革に関する検討会(2019年3月28日最終)
医師に近づける?
従来は医師にしか認められていなかった行為が、医師以外の者に認められるということを、どう捉えるでしょうか。
ある人は、技術や知識はあるが規制されていたのでできなかった行為が、これからは堂々とできるようになるという解放された感情を持ったようです。
ある人は、責任が重くなるが、その負託に応えられるのか不安であるという感情を持ったようです。
先行して、特定看護師などと呼ばれる、医師類似行為が一部で認められた、医師と看護師の中間的な職種があります。
筆者のイメージで言うと、看護師養成課程4年に実務経験を足し、更に大学院に通って医学部医学科並みの6年間の養成期間を経て特定看護師になる、という印象です。あくまで私見です。
医師に近い行為ができることが臨床家として幸せなことかどうかわかりませんが、一部の職種ではマネタイズできておらず、特に診療報酬が加算される訳でもないが仕事が増えるといった状態になっており、タスクシフト/シェアの永続性に課題が残っています。
【参考】日本看護協会:看護師の特定行為研修制度ポータルサイト
人材マネジメント
この記事で扱おうとしているキャリア開発は、医師に近づこうということが目的ではありません。
広くは国民の健康寿命の延伸や医療の質向上に寄与する、医療やヘルスケアの主要リソースである人材を有効活用していくことを目指し、社会全体で医療人材の潜在能力を引き出すことを視野に入れています。
個別の医療機関で言えば経営戦略上、あるいは診療機能向上の戦略上、重要な戦術となる人材を適材適所に配置し、適時適切な起用をすることが人材マネジメントの一環です。
既に雇用した人材が、雇用した時点よりも能力を高め、想定以上の仕事をすれば雇用側としてはマネジメントに成功したと言えます。それにより収益や評判が上がれば労働者(人材)側にも対価として還元され、Win-Winの関係が構築されます。
すなわち、人材を支配下に置いて駒のように動かすのではなく、個々が持つ能力を引き出す育成ができるか否かが人材マネジメントをするマネジャーの能力とも言えます。
さらに細分化するとチームや個人としてのマネジメントとなります。
自身という人材をセルフマネジメントすることができれば働く目的、働く意欲、仕事への向き合い方にプラスに作用することが多く生まれると思います。
人材マネジメント精度
人材は、ビジネスをする上での重要なリソースです。
特に医療においては、人件費が5割を超えます。委託費も大半が人件費なのでおおよそ6割が人件費です。
人材をマネジメントできなければ、売り上げをあげるためのリソースの質が悪くなり、提供するサービスの質が悪くなります。
医療の質が低下すると、自院の評判が悪くなるばかりか、患者の健康にも悪影響を及ぼす恐れがあります。
組織としては、人材をマネジメントするマネジャーの質の向上、マネジメント自体の質を向上する必要があります。
どこを見ているかわからない、精度の悪いマネジメントにならないように、精度調整が必要になります。
指標を作って点数化するのではなく、マネジメントされる側の人材が、計画どおりに育成されているのか、マネジメント方法が誤っていないかを個別に評価することが重要になります。
近年は芸能人のマネジメントに関して社会問題化していますが、抱えた人材を育てない、活用しない、安く使うなどは人権問題にも発展する恐れが出てきていますので、精度の良いマネジメントをすることが重要になっています。
キャリアを定義
キャリアという言葉をどのように捉えるかが、この記事の読み方にも強く影響します。
『キャリア=職業』と考えれば、医療従事者は免状を取得した時点で医師や看護師といった職業を手に入れ、それは引退するまで名乗ることができると思います。
言い換えると、看護師というキャリアを目指す過程は学生時代に終えているので、職業としてのキャリア開発は一段落していると言えます。
『キャリア=出世』と考えれば、肩書が大きく影響します。
肩書は内部的に発言力や給与に影響するだけでなく、対外的な立ち振る舞いにも関係します。
ある企業では、定年退職者などベテランを雇用する際に、基本的には肩書を部長として招き、対外的に活動しやすいようにしていますが、給与面では部長待遇ではないそうです。
『キャリア=経歴』と考えれば、過去から現在までの職業人生そのものがキャリアであり、この意味でキャリアという言葉を使う場面は少なくないと思います。
職場の在籍期間だけではなく、学会や職能団体での活動なども加え、他人との差分を明らかにすることで転職を有利に進めたりすることがあります。
『キャリア=実績』と考えれば、これまで積み上げて来たスキルやノウハウも含め、その人を反映した何かになると思います。経歴とオーバーラップする部分がありますが、より詳細な事実も混ぜやすい気がします。細かなエピソードトークを経歴に入れるのは難しいですが、実績として紹介することはできそうです。
『キャリア=能力』と考えれば、その人が身に付けている知識や技術、ノウハウ、人脈などあらゆるものがキャリアとなります。
ドラクエなどのロールプレイングゲームでは、能力が可視化されているのでわかりやすいですが、生身の人間の場合は指標がなければ表現が難しいものになります。
本稿ではキャリアを能力と実績にフォーカスしたいと思います。
キャリア開発プログラム
キャリア開発プログラム(CDP: Career Development Program)とは、長期的な計画に基づいてキャリアを開発する仕組みです。
キャリアを能力と実績とした場合、能力を身に付けて実績を積む人材開発の仕組みと考えることができます。
終身雇用が当たり前の時代であれば、新卒から採用して地道に人を育てることが会社の役目でもありましたが、人材の流動性や回遊性が高まった現在では、その考え方にも変化があります。
人を育てても離職してしまうのであれば、他社のための投資になってしまうので、人への投資はしないという流れが長く続きましたが、近年は人への投資に注目が集まるようになりました。
特に、先輩と同じレベルまで引き上げるといった人材育成ではなく、AIやIoTなど新しい分野への適応力を高めるためのリスキリング教育の充実が目立っています。
リスキリングorリカレント
海外の様子を見ると、リカレント(recurrent)とはゼロからの再スタート、まったく異分野への新たな挑戦を意味する言葉として使われています。
リスキリング(reskilling)は技能を身に付け直すこと、再学習や再習得といった意味で使われています。
すなわち、リスキリングは今の職業をベースに、腕を磨くといった程度までを指すので、今の仕事を辞めてまで受ける教育ではありません。
一方でリカレント教育は、いまの職業には戻らないことも含め、例えば退職して大学に通って新しい道を選び直すといった覚悟の要る再教育です。
基礎から新たに作って強固な建物をもう1棟新築する場合と、既存の建物に増築や装飾をするリフォームする場合の違いのようなものです。
リスキリングはリーズナブルに高層化できますが、基盤となる職が1つなので、その職が蒸発すれば失業します。
リカレントは1つの職が蒸発しても、もう1つの職で生き残れます。2つの職の相乗効果が発揮されればリスキリングでは実現しがたいキャリアを身に付けることができます。
限られた人生で2つのプロフェッショナルを持つことに意味があるのか、といった問いは人生観にも関わるので、人それぞれだと思います。
言葉はどちらでも良いですが、受ける側の想いとずれが無い事を願います。
リカレントの費用問題
リカレント教育には、一定期間の休業を要するか、勉強と労働の多重生活を強いられか、何らかのハードルがあります。
下図は筆者が近畿大学の大学院生向けに行った講義で使ったスライドの1枚です。
内容は、筆者の大学生活の様子です。
学部生として4年間の学費を払いつつ、生活もしつつ、医療を学ぶというリカレント教育を受けている時期には、このような生活をしなければなりません。
大学院へ行くとなり、学費や教材費などが年50万円であったとしても、在学中は休業や退職(無職)となるならば最低2年分の生活費が必要になります。親元から通学しても交通費や携帯代はかかります。
私立では学費だけでも100~200万円は見込まなければならず、簡単な話ではありません。
教育に係る費用が無償である国々では、リカレント教育は選択しやすくなっています。
COVID-19が流行した2020年、観光業などが大ダメージを受ける中で、日本では休業補償として1日8千円以上の給付がありました。
海外では、同様の給付があったものの、教育機関や職業訓練校に行って新しい技能を身に付ける行動をした日に対して給付していました。
その教育を受けるための学費は無償、通学すれば働けなかった分の日当が支給されるので、積極的に教育を受けました。
ホテルで働いていた人が縫製業に転職し、不足していたガウンやマスクの製造に携わるという労働移動がスムースに起こりました。
日本では1960年前後の高度経済成長に伴う労働移動以来、大きな労働移動は起こらずに来ました。
しかしながら、AIやロボなど先端技術の人材不足が深刻化する中で『リスキリング』に関する話題が広がっています。
今まで鉄鋼や自動車などに携わっていた人、目で見て仕事を覚えることができる職種に居た人に、パソコンの画面に向かって黙々と作業する現場に行って『仕事を見て覚えなさい』と言っても無理が生じます。
まったくの異業種で、性質も異なる仕事に就くには、リカレント教育が必要ですが、そこにかかるコストが莫大すぎて、個人が簡単に対応できるようなものではありません。
在学中の生活費を支給する必要性は低いとしても、大学に納める学費や教材費は無償化されても良いのではないかと思います。
『リカレント』を選ぶ場合、お金についてしっかりと検討する必要があります。
先輩も1年生
職場でリスキリングを実施する場合、例えばチャットGPTについてのスキルを身に付ける場合、ほとんどの受講者がビギナーになります。
年上だから、上司だからというハンデはなく、早く習得した者から教育期間を終えることができます。
育成計画書・キャリア開発計画書
いつ、誰を、どのような人材にするのか、組織がコミットする場合には組織と本人の間で計画書を作成します。
例えば外国語を身に付けようとした場合、本人にやる気がなければ身に付きませんし、相応にかかる費用について誰が負担するのかも重要になります。
仮に100人の従業員が居て、毎年10人分の外国語教育費を予算計上した場合、誰を選抜すると組織の利益になるのか、あるいは離職防止などモチベーションにつながるのかをマネジメントすることも重要になります。
計画書が無いと、自分はいつ教育を受ける機会を与えられるのかわからないため、手厚い教育プログラムを持っている組織へ転職してしまう恐れがあります。
計画書策定
育成計画書やキャリア開発計画書といったものの策定は、順を追って地道に行います。
最初に、現在地を知る作業が必要になります。
キャリアの棚卸をする、人材としての評価を行います。
キャリアの確認や評価については、人事考課などで普段から作成しているものがあれば、そちらを利用しても良いと思います。
計画書には目標設定が必要です。
目標(goal)が無ければ、ただの手順の羅列になってしまうので、なぜその工程が必要なのか、その工程を実施しなかった場合の代替策はないのか、といった迷いが生じた時に、目標が無ければ路頭に迷います。
自己評価と目標が明確になれば、そこに不足している事項が見えてきます。
ここからマネジメントが重要になります。
まずは何が足りていないのか、何を充足すべきであるのか、何を諦めた方が良いのか、丁寧にリストアップします。
また、結婚や出産などのイベントもリストアップしておくと計画のディテールが深まります。
現在地からゴール(目標)までの線を描き、その途中に前述のリストにあるものを書き込んでいきます。
いくつかできるチェックポイントに対し、そこまでの線上にある解決策、リソースを挙げていきます。
さらに、そこにかかる時間(期間)や費用を洗い出しておきます。
組織orセルフ
人材のマネジメントを組織として行うか、自己のために自己で行うかによって、マネジメントの方法が変わります。
組織としてのマネジメントについて続きはこちらをご覧ください。
自己のセルフマネジメントについて続きはこちらをご覧ください。