医療職の免状保有者というだけでなく、その中でも1つ上を行く、業界での生きやすさや動きやすさを追求する、さまざまな理由から自らのキャリアアップを目指す人は少なくありません。
組織に属していれば人材育成してもらえる、あながち間違いではないことですが、組織の目的や性質と異なるキャリアに関しては教育してもらえないと思います。
本稿では、医療従事者自身のキャリア開発について、セルフマネジメントという視点から検討して参ります。
- キャリアの続きのリカレント
- リカレントの王道は士業
- リスキリングで新キャリア
- 目指すキャリアの想像
- 戦略的外国語習得
- 手話も言語
- コンピュータースキル
- データマイニング
- 無料プログラミングソフト
- Adobe製品
- 情報セキュリティ
- プロボノ
- まだまだ掘り出せる
キャリアの続きのリカレント
『リカレント』とは再出発などを意味する言葉です。
キャリアについてリカレントするということは、一旦はリセットして新たに出発するようなイメージです。
筆者はリカレント教育で医療従事者になった一人です。
高校卒業後は建設業界で働き、社会人経験を経て大学へ進学し30歳で医療従事者になっています。
医系大学なので概ね3年間で単位を取得し、4回生の1年間は病院実習と卒業研究に充てます。したがって3年間はほぼフルでコマが埋まっています。2回生あたりから学内実習が増えるのでレポートも書く必要があります。
ある日というか、週の半分くらいは下図のような生活をしていました。
大学4年間の学費と生活費で1千万円以上、それを回収することも卒業後の重要なミッションになります。
入学前とはまったく違う職業に就くための教育としてリカレント教育を受けましたが、卒業後は新卒1年目として扱われるので、キャリアがリセットされた状態です。
経験者として言うならば、過去のキャリアが活かされないのであればリカレントは止めた方が良いです。
筆者の場合、大学入学前の職業では月30~40万円は稼いでいました。卒業後は月給18万円程、手取りで15万円未満という安月給で働くこととなり、大変な後悔をしました。
卒業後を明確にイメージ、まさにセルフマネジメントが必要なリカレントです。
リカレントの成功者はたくさん居ます。
医学部医学科を卒業し医師になったが、現在は会社経営者という人は少なくありません。
看護師から芸人に転じたオカリナさんもリカレントと言えるかもしれません。
リカレントの王道は士業
医療従事者がリカレントするのであれば、おすすめは士業です。
弁護士や弁理士など士業には選択肢が多く、仕事も豊富に用意されています。下積み時代でもそこそこの稼ぎがあり、一人前になったときには医療従事者としての経験も活かした仕事をとる事ができると思います。
独立開業やフリーランスとして働ける士業として今後成長が見込まれる士業の中に公認会計士や中小企業診断士があります。
医療やヘルスケア業界への参入が増加傾向にありますが、今後高齢化する新興国や途上国が多いことから、自動車や家電業界から業態変容する企業は増加すると考えられます。
そのような企業群へのコンサルタントとして、医療業界の経験を活かしつつ、士業として専門的な助言もできる人材は高く買われると思います。
少し変わった『士』としては、保育士があります。
看護師と保育士は業務で重なるところがありますが、保育士免許の業務範疇で独立開業をする場合、看護師免許などを持っていると、顧客となる未成年の子供たちとの関わり方に多様性を持つことができます。
院内保育園に限らず病児保育のニーズが高まっています。小児科の隣に保育園を開園する事業者もあります。
保育士は低賃金で色々と課題を抱えていますが、ビジネスとして捉えるとポテンシャルがある業界です。
わざわざ専門的な教育を受け、新たな道へ再出発するのであれば士業がお勧めです。
【参考】公認会計士・監査審査会(金融庁):公認会計士試験
【参考】中小企業庁:中小企業診断士とは
【参考】日本弁護士連合会:弁護士になるには
【参考】特許庁:弁理士試験
リスキリングで新キャリア
リカレントは重い仕事、年単位で時間がかかり、数百万円もの費用がかかるので、誰にでもできることではありません。
リスキリングは手軽にできるキャリア開発の手段です。
YouTubeを見てキャリアアップできれば費用負担はゼロ、料理教室や英会話教室など短時間のスクーリングを繰り返す方法でも数万円から数十万円の費用負担です。
セルフマネジメントによるリスキリングは気の持ちようで選択肢が広がります。
どの程度の費用負担は許容するのか、どのような学び方を選ぶのか、どのくらいの期間でゴールに到達するのか、人それぞれの考え方次第です。
目指すキャリアの想像
現状がどこにあるのかという自己評価、自分はどこを目指すのかと言う目標設定、この2点からキャリア開発計画を策定します。
帳簿が読める医師になりたい、マンガが描ける看護師になりたい、外国語ができる理学療法士になりたい、スマホアプリを作れる診療放射線技師になりたい、ベースとなる職業に加えて身に付けたいキャリアは色々あると思います。
世の中にある様々な技能や資格などを洗い出し、自身の職業との相性などを精査して、そのキャリアを習得した自身を想像します。
戦略的外国語習得
英語を話せる医師はたくさん居ると思います。院内全体を見渡せば英会話ができる人は比較的見つけやすいと思います。
大きな病院であれば中国語を話すスタッフが在籍している率は高い方だと思います。
セルフマネジメントとして外国語を身に付けようと計画する場合、どのような戦略にするかによって、選択する言語が変わります。
2024年のパリ(フランス)オリンピック/パラリンピックに同行する医療団に参加したいと思えば、フランス語を習得すると良いかもしれません。
訪日観光客の傷病者を診る事が多い医療機関では、患者数が多くて対応できる人が少ない言語を狙うとレア感が増します。
タイ料理屋はよく見かけるが、タイ語を話す医療従事者はあまり聞かないかもしれません。タイが強豪とされるムエタイやセパタクローなどは、ベトナムでも盛んに行われています。こうした競技のファンになり、現地を訪れて言語や文化を身に付けることもキャリア開発の手法です。
手話も言語
外国語は医療に限らずニーズが高いため、極めればもう1つの職業にもなり得ますが、そこまでするからには現地に住むなどリカレント教育が必要かもしれません。
日本に居ながらにして新たな言語を習得できるのが手話です。
厳密に言うと日本には『日本手話』と『日本語対応手話』があります。聾唖者の間ではいずれかを第一言語として使っている人が多く居ます。
日本手話も日本語対応手話も、単語は同じです。文法に違いがあると言うと良いかもしれません。
NHK『みんなの手話』を見て手話を学ぶ人も多いですが、基本中の基本を学べると思いますが、日常会話に使えるかと言うと微妙なところです。
小学1年生が、丁寧に国語の教科書を読むといった感じの手話を覚えることになるので、実際に大人が会話するような少々雑な会話にはなりません。
手話は『てことば』ですが、手だけですべてが伝わる訳では無く、表情が重要になります。聾唖者は独特な表情を見せてニュアンスを伝えてくれるので、COVID-19でマスク着用が当然となったときに手話通訳者が困ったというエピソードがあります。
地域の手話教室や手話サークルに参加して、聾唖者と直接会話することで生々しい手話は習得できます。
【参考】NHK:みんなの手話
【参考】NHK:手話CG検索サイト
コンピュータースキル
これからの時代、ますますコンピュータースキルは高度なものが求められます。
まず、コンピューターに対するリテラシーを高めることが必要になります。キャリア形成というよりは、最低限のお作法のようなレベルになりつつあります。
以下の用語を使い分けることができるでしょうか。
- インターネット・イントラネット・LAN・Wi-Fi
- パソコン・タブレット・スマートフォン・PDF
- ノートパソコン・ラップトップ・デスクトップ・スパコン
- マウス・キーボード・パーコードリーダー・NFC・felica
- facebook・LINE・TikTok・Instagram・X
- クリック・右クリック・ペースト・スクショ・ドラッグ&ドロップ
このあたりの基本的なことは、総務省発行の『情報通信白書』を読むと、自身が時代に追い付いているのか、置いて行かれているのか、何となく知る事ができます。
各論に入ると、まずは下記のものを使えるかどうか、どのレベルで使いこなしているのか、というところで次に行くかどうか検討します。
- Microsoft Word
- Microsoft Excel
- Microsoft PowerPoint
- Microsoft Access
- Adobe Photoshop
- Adobe Illustrator
- Adobe Acrobat
- 動画編集(Adobe Premiere・DaVinci Resolve・ほか)
- Web言語(HTML・PHP・CSS・ほか)
- Web管理(Wordpress・ほか)
- Androidアプリ開発
- プログラム言語(BASIC・C#・Java・ほか)
これらを全て習得している必要はありません。
パワポでスライドは作れるが、自作の絵を挿しこむまでは至っていない、写真にモザイクを掛けることもできない、といった具合に自身の現在地がわかれば十分です。
挿絵創作や写真加工ということすら思いつかないとなるとリテラシーの部分が怪しいですが、パワポで何をするのか、自身はどのくらいのスキルを身に付けておくべきかわかると、次のステップに進みやすいです。
データマイニング
データマイニングとは、何らかのデータの山から、何かを発掘することです。
下図は診療報酬というデータの山から、ネブライザという治療の処方を選び、月別の算定回数を並べ、ある月に激減したという事実を見つけ出したものです。
ここで発掘した知見は『COVID-19によりネブライザが自粛された時期に算定回数が顕著に減少した』『COVID-19によりネブライザが自粛された時期であっても同診療を継続しなければならない患者が多数存在した』ということです。
診療報酬データの解析は医療経営上の重要な仕事になります。
膨大な患者データから、自院の置かれている状況を把握し、次の戦略を練ることも重要です。
交通量や消費動向など医療とは関係ないデータから、医療に関係する事実を発見することもデータマイニングの醍醐味です。
キャリア開発のセルフマネジメントでお勧めなのが、このデータマイニングです。
費用はかからないですし、学会発表ネタにもなるので、キャリア形成としては好適です。
膨大なデータを扱うためには、Excelでは対処しきれない場合もあります。
そのときはAccessやVisual Studioを使ったデータベース管理も検討します。
【参考】新型コロナ流行により蒸発したネブライザ市場の発見
【参考】保険医療機関施設基準届出状況データベース自社開発・提供開始
【参考】診療所・病院リストのウェブデータベース自社開発・無償提供開始
【参考】全国の医療機関リストのExcelデータ無償提供開始、および集計システムの自社開発
無料プログラミングソフト
1980年代から使わているようなプログラミング言語から、最新のプログラミング言語まで網羅した開発環境が無料で手に入ります。
以前は数万円で購入していたVisual Studioですが、最新版は無料です。
Windowsパソコンにインストールすれば、すぐに使えます。
初めて学ぶのであれば、音声言語に近い形で開発できるVisual BASICやVisual C#が良いかなと思います。
この言語は、ネット検索すれば事例がたくさん出て来るので、例えば『c# datagridview フォントサイズ』のようなキーワードで探せば答えが簡単に見つかります。
すわわち、ユーザーが多くて歴史が長い言語が入門者にとっては有利になります。
とはいえ、まったく基礎が無いところからの独学は大変なので、最初は定番の下記の書籍のいずれかを買うと良いです。
Adobe製品
Adobe(アドビ)製品はデザイナーやクリエイターにとっては定番のソフトウェア群です。
Adobeシリーズを使いこなせるということは、非常にわかりやすいスキルになります。逆に言うと、デザインの世界などでAdobeシリーズを使えないと言えば就職できないかもしれません。
AdobeのAcrobat(アクロバット)といえばPDFソフトとして有名ですが、無償で使えるAcrobat Readerはただの表示ソフトです。Acrobatになると編集ができます。
Illustrator(イラストレーター)は、原稿を制作できるソフトというイメージかもしれません。
印刷原稿をIllustratorで制作して入稿すると、裁断位置や色使いなどに間違いが起こりづらいです。
職場の病院案内や名刺などがIllustoratorで制作されている可能性があります。
Photoshop(フォトショップ)は画像加工ソフトです。写真を加工する、イラストを描いて色塗りする、色々と使い道があります。
Adobe製品は少々お高いので、キャリア開発や趣味として使うにはコストがかかりすぎかもしれません。
筆者はIllustratorを持っていますが、手軽なフリーソフトAzPainter2』も使っています。
【参考】Adobe Creative Cloud
【参考】AzPainter2
情報セキュリティ
医療機関がサイバー攻撃を受けて機能停止するというニュースは近年、毎年のように聞かれるようになりました。
医療情報部門がセキュリティ対策をしていても、攻撃に陥落してしまい、停止してしまっています。
医療情報に特化したホワイトハッカー人材はまだまだ少ないです。
ホワイトハッカーまで行かずとも、臨床では情報漏洩の恐れがある行為などがたくさんあります。
システムがダウンしてしまうことと、臨床が継続できないことが同時に起こってしまっている現状には、BCP(業務継続計画)的な課題が残っています。
プロボノ
セルフマネジメントによるキャリア開発で、ぜひ定着して欲しいと思っているのが『プロボノ』(pro bono)です。
プロボノとは、まさにキャリアを活かした社会貢献活動です。ボランティアとは少し違って、専門性の高い仕事を、社会のために無償や低賃金で行う慈善活動のようなものです。
米国では、裁判を受ける権利の保障の一環として、弁護士費用を支払うことができない人のために全米法曹境界(ABA)がプロボノを奨励しています。州や地域の弁護士会も一定時間のプロボノ活動を奨励しています。
プロボノのプラットフォームは信頼されている団体等が作らなければ利用者を集めづらいので、プロボノをしたいという個人が居るだけでは成立しづらいです。
公益社団法人として取り組む職能団体が普遍化すれば、多種多様なプロボノが生まれると思いますが、まだこれからです。
筆者は『医工連携』というキャリアを持っていますが、これから医工連携のキャリアを積みたいという人のために、相談会などのプロボノプラットフォームを作れないか考えています。
まだまだ掘り出せる
キャリア開発については、掘り出せばいくらでも出てきます。人それぞれに異なるキャリアがある限り、どれも身に付けようと思えば何らかの人材育成手法があると思います。
本稿では個人が、自己のキャリア開発を行う場合について軽く触れましたが、それぞれを詳しくみていけばもっと多くのことを書く事になり、たぶん読むに堪えないものになると思います。
この記事も読みづらい、退屈だと思うかもしれませんが、こういうものもあるということで、良かったら組織でのマネジメントについての記事もご覧頂ければと思います。