医療従事者のキャリア形成に必要なマネジメントを組織として行う場合、どのような手段があるでしょうか。
既に何十年も教育に携わってきた方が多く居られるので、新たに述べることも少ないと思います。
本稿では、これからの時代に求められる人材像を想像しながら、求められる教育について検討して参ります。
組織構成の未来予想
ここ30年の間に、医療機関にはマネジメント系の部署や役職が増えたと思います。
医療安全、感染制御、カスタマーサービス、地域連携などを30年以上組織している医療機関は少ないと思います。
それでは、これからの30年ではどのように変わるでしょうか。
- 再生医療・自己組織由来人工臓器
- 診療ロボット・家政婦ロボット
- 診療用AI(人工知能)
- 遠隔医療・メディカルツーリズム
- 世代特化医療(100歳超、現役世代、思春期など)
- 現役世代医療
- 在宅医療
- 災害・非常事態対応
- 外国人対応(雇用・診療)
- 予防事業(健康増進、ビッグデータなど)
- 保険事業
- 自己治療支援室
- 低額医療相談室
どのような診療科が生まれ、どのような機能が求められるか予想がつきませんが、医療費の問題は大きくなると考えられます。
地域医療が保険までカバー
地域医療連携推進法人やかかりつけ医制度など、地域で医療を完結させられる仕組み作りが行われてきましたが、魅力的なインセンティブがありませんでした。
海外を見ると保険事業まで医療機関が担うことで、地域全体での健康増進を図る機運を高めている事例があります。
保険者としては保険が使われなければ医療費支出が少なく、預かった保険料が手元に残り利益となります。仮に診療が必要であったとしても、倫理的に適正な範囲で合理的な方法を選択することで医療費を抑制できます。
医療機関としてはまず予防にコミットメントして保険を使わない被保険者を増やし、仮に保険を使った診療を受けるとしても過剰な医療は行わず、合理性ある範囲内で適正な医療を提供し、保険料支出はあるものの医業収入を得る事で損失を軽減します。
この保険、予防、医療の最大事業を1つの組織で行うことで医療を産業としてとらえつつ、地域で医療崩壊を起こさせない仕組みをつくります。
予防や保険の新キャリア
医療機関内に予防や保険の専門人材が居なければ、育てていく必要があります。
仮に2030年から施行されるとなった場合、人材育成にかかる期間と照らし合わせていかがでしょうか。
保険戦略は現状でも必要ですし、予防に係る新事業を展開できれば医療費逼迫の中で新たな収益事業を創出できるかもしれません。
ただし、これらの人材を育成するための人材、トレイナーが居なければトレイニーばかり増えてしまいます。
保険戦略のアナリストや参謀役を務められる人材育成は急務です。
【研修例】
- 診療報酬セミナー
- 経営戦略セミナー
- データサイエンス講義(大学院進学など)
外or中
人材育成の方法としてOJTなど内部人材が内部人材を育てる方法が一般的です。新人研修が典型です。
次に多いのが外部講師を自院に招いて行う研修等です。概ね1~2日の研修という単発的なものが多いです。
新分野・新領域の技能や知識を身に付ける場合には、外部の講師を招聘するか、外部で行われる研修に出掛ける必要性が高まります。
まずは、どのような人材を育成するべきか、どのような育成方法があるのかを知る必要があり、この段階から外部コンサルタントを入れた方が良い場合があります。
期間に猶予があるものは良いですが、法改正や診療報酬改定が決まっていて期限までに体制を整える必要がある場合、誤ったマネジメントで進められた人材育成で診療が停止したり、収入が停止しては大打撃です。
マルチタスク・マルチタレント
看護師は多能工である、と講演で話したことがあります。
看護師の基本業務を
- 診療の補助
- 療養上の世話
とした場合、多様であることがわかります。実務としても多種多様な業務を同時並行して行っています。
タスク管理がうまくできなければ業務が回らなくなりますので、タスク管理の技能習得の機会は有用です。
仕事を減らす技、看護師同士での仕事の融通だけでなく、他職種へ振る技も重要です。
仕事の押し付けでは永続性がないので、人格形成やコミュニケーション能力育成など、小手先の技ではない深いキャリア開発が求められます。
【研修例】
- 接遇研修
- 手帳の書き方研修
- 管理職研修・コーチング研修
- 多職種意見交換会(飲み会を含む)
再生医療人材
再生医療は、医薬品でも医療機器でもない方法で組織や臓器を置き換え(replacement)たり、修復(repair)したりする方法です。
臓器そのものに近いものを移植する方法もありますが、再生細胞を打ち込むだけの方法もあります。
医師は現状の内科医や外科医が再生医療医も兼任すると考えられます。看護業務にも大きな変化はないと思います。
再生細胞の取得や培養に関して厳密・厳格な管理を求められるようになるため、管理監督できるマネジャー人材、細胞を取り扱う事ができるテクニシャンが必要になります。
恐らく医薬品工場並みのバリデーション管理が求められ、仮に細胞が余ったり、移植前に患者が亡くなった場合でも簡単に処分できないと思いますので、In/Outの管理や、取り違えなどが怒っていないことを証明する必要が出てきます。かなり理屈っぽい仕事をしなければなりません。
培養方法はシャーレの上で行うようであれば臨床検査技師や薬剤師らピペット操作になれた人材に素養があると思います。
フィルタや遠心分離機で収穫した細胞を移植するような治療法では臨床工学技士に素養があると思います。
このような人材をどの段階から育成し、誰の管理下に置くのかも考える時代が近づいています。
ロボ・AI・IoT・ほか
院内にオーダリングシステムとPACSが配備された時点では、検査オーダーは検査科、画像管理は放射線科といった分け方が見られましたが、電子カルテや病院情報システム(HIS: Hospital Information System)と呼ばれる大規模なICTシステムになり、医療情報科などが新設されるに至りました。
今後は個人の医療歴情報(PHR: Personal Health Record)を持参する患者が増え、またApple Watchなどの日常データが何十年分も帯同する時代でもあるため、情報管理だけでも専門人材が必要になります。
これらのデータは、診療に活かす必要があるため、診療に参加している医療有資格者が取り扱えるようになっていなければなりません。
医師が『○○さんの不整脈って、薬が効かないのか、薬を飲み続けてないのか、わかるかなぁ』と言ったときに、PHRから必要なデータを引出して提示できる人材が外来や病棟に溢れていたら理想的ですが、希少人材であると『わざわざ呼び出すなら、いいや』となってしまい医療の質が上がらないかもしれません。
情報技術のエキスパート人材が居ても不整脈や薬剤について、どのデータを見るべきかわかっていなければ調べられないので、医療従事者が技能を身に付ける意義があります。
費用的なこともあるので診療報酬が大きい手術からロボット化が進んでいますが、今後は診療補助ロボットが普及すると考えられます。
ダヴィンチやヒノトリのセットアップには臨床工学技士が関与していますが、現在の超音波診断装置くらいの台数と頻度でロボが使われるようになれば、専門人材が準備するのではなく、誰もが準備できるようになる必要があると思います。
家庭では家事を手伝うロボが普及し、自身の身の回りの世話に特化したカスタマイズロボが普遍化すると、入院時に生活支援ロボを帯同するということも普遍化するかもしれません。食事や排泄を看護師らが手伝うよりも、カスタマイズロボの方がその患者にベストな世話ができるとなれば、看護師らが関わるデメリットの方が大きくなる可能性すらあります。
ロボにもセキュリティリスクがあり、遠隔操作で盗撮や盗難もできてしまいます。他にも危害因子が潜在すると思いますが、それに対するリテラシーの高いスタッフが院内に多数居なければ、ロボ帯同入院を拒否せざるを得なくなり、時代遅れの病院になってしまうかもしれません。
AIについても、リスクマネジメントの面から人材育成が必要になります。
患者の様子や検査データから診立てるところまでAIが実施できるレベルにはなりつつありますが、それをとこまで信用して活用していくのかといったときに、AIリテラシーの高い人材が必要になります。
他の部分でも同じですが、診療を理解した上でのリテラシーなので、技術専門の人材が居れば良いということではありません。
仮にロボやAIの普及が20年後であると自院では既定した場合に、20年後にマネジャー級になっている人材から育成していく必要があると思います。
現在のアラサーに対してICT教育を充実し、数年内に一定レベルの人材を揃える事、本人達にも未来の自院を牽引する立場として、今から未来の医療に対応できる能力を身に付けることを自覚してもらい、これまで行ってきたキャリア開発と並行して、30年後の自院の存続を託していくマネジメントや計画が必要であると思います。
【研修例】
- プログラミング研修
- 見本市視察(CEATEC、国際ロボット展など)
- 学会参加(医療情報学会、コンピュータ外科学会など)
属性の変化
遠隔医療は受診者の居場所や時間などを大きく変える手段です。
海外に居る日本人は約130万人、現地で診療を受けることが通常でしたが、遠隔医療が発達することで海外に居ながらでも日本の診療が受けられるようになります。
日本に在留している外国人は300万人以上、食生活などが日本人と異なる人々の診療機会も増えてきています。
先進的な組織では外国人の採用を増やしています。
例えば医療事務や営繕などに外国人を採用し、大半はルーチンワークをしますが、外国語が必要になったときには対応人材として活動します。
外来も病棟も日本人の高齢者が多くを占めている時代から、人種や国籍が多様化する時代も近く、また高齢者の中には100歳を超える人も多くなると予想されます。
一方で65歳未満、徐々に病気しがちな40~50代が、順番待ちなどで拘束時間が長いイメージから受診控えが見られていますが、小児科のように『若年外来』『中高年外来』などが開設されるようになれば、順番待ちが解消され、より診療が必要な受診者が増える可能性があります。
こうした受診者の属性変化に対応できる体制づくりや、外国の文化や言語に強い人材育成が求められます。
筆者の家族は海外在住者ですが、入院した家族の病状説明をLINE通話でつないでシェアしたいと申し出したところ、院内での通話はできないと断られたことがあります。
ルールは仕方ないので甘受しますが、ICTツールが日常生活にも広がっている中で、このようなケースを受け入れるための準備が整わなければ患者にとってデメリットになります。
通訳手配なども重要ですが、翻訳アプリも発達しているので、機転を利かせた対応ができる人材育成が望まれます。
【参考】外務省:海外在留邦人数調査統計
【参考】法務省:令和4年末現在における在留外国人数について
【研修例】
- 外国語研修(スクーリング、院内研修、海外渡航など)
- 外国人交流(イベント参加、サークル加入など)
- 管理職研修・コーチング
- ツアーコンダクター・旅行業研修
- 新組織設立OJT(機会があれば後続も育成)
非常時対応
医療機関は24時間365日営業、非常事態が発生しても業務を継続しなければなりません。
臨機応変、多少の法令違反があったとしても生命を守る事を重視して行動しなければならないシーンに出くわす可能性が高い業種です。
非常時対応にマニュアルは適さないため、教育方法としては体験型が採用されます。
筆者らは図上演習や実地訓練などの企画運営を受託していますが、看護師らに疑似体験をしてもらいながら思考力を養って頂いています。
並行して『身構えない訓練』も実施しています。
普段の作業などから、非常時にも役立つ行動を身に付けるというものです。
例えば、1日1回は病棟のリーダーが階段室と機械室に隠れている人が居ないかを目視確認するという業務を作ります。確認時は必ず作業用グローブ、ヘルメット、懐中電灯を用いるルールとします。この一連の作業により避難路として階段室へのアクセスに慣れ、臨時対応が必要になるかもしれない機械室のカギのありかを日常的に把握し、ヘルメット等を装着する所作などが身体にしみつくといったいくつかの非常時行動の基礎が習得されます。
【研修例】
- 防災訓練(消火訓練、避難訓練など)
- 医療BCP図上演習
- 医療BCP実地訓練・シミュレーション
まだまだ掘り出せる
キャリア開発については、掘り出せばいくらでも出てきます。人それぞれに異なるキャリアがある限り、どれも身に付けようと思えば何らかの人材育成手法があると思います。
本稿では組織として行うキャリア開発について軽く触れましたが、それぞれを詳しくみていけばもっと多くのことを書く事になり、たぶん読むに堪えないものになると思います。
この記事も読みづらい、退屈だと思うかもしれませんが、こういうものもあるということで、良かったらセルフマネジメントについての記事もご覧頂ければと思います。