2024年7月16日の昼間、高浜市役所に来庁した男性が、刃物を振り回し、自らに火をつけた事件がありました。
この事件でけが人が出ています。犯人も火傷を負って治療のために一時釈放されています。
この事件については、現場を映した動画がニュースでも使われていたので拝見しました。
おそらく、市職員の皆さんは訓練通り、マニュアル通りに適正に対応されていたように思いますが、そもそもの対応方法のマニュアルに課題があるのではないかと思いましたので、勝手に代案を検討してみます。
『さすまた』で応戦
事件の様子を捉えた映像では、職員が『さすまた』を使って応戦している様子が見えます。
さて、そもそも応戦する必要があるのか検討してみたいと思います。
まず、一般の来庁者が居るかどうかが重要になります。
発生時刻は平日の15時頃なので、市役所には一般市民が多く居たと思われます。税金関係でトラブルがあったということから推測すると1Fにある税務グループのあたりが犯行現場であると思われます。
向かい側には市民窓口があるので、住民票などの手続きで多くの人が訪れる場所だと思います。
窓口に来た時点で刃物を出していたかどうかわかりませんが、刃物を持っていることを確認した時点からの行動は以下のようになると思います。
- 刃物を持った人を刺激しない
- 他の職員に脅威が現れたことを伝える
- 伝えられた職員は、他の職員へ周知する
- 来庁者への被害ゼロを目指し避難誘導を開始する
- 脅威が来庁者へ近づかないよう抑止する
- 警察や消防へ通報する
以上のような内容が初動になると思います。
最初に刃物を確認する人は1人の職員だと思いますので、まずは支援者を募ることが重要になります。
これは、救命講習会でも似たようなことを習うと思います。卒倒者を見つけたら周囲に『あなた、119番通報して下さい』『あなた、AEDを持ってきてください』といった具合です。
ここでは、来庁者の安全を守ることが職員の使命であるとすれば、来庁者の避難誘導が優先されます。
その上で、刃物を持った人が来庁者の方へと近づかないようにするために、行動を制限する、会話して時間稼ぎをするなどが必要になるかもしれません。
避難誘導は100%必要だとしても、犯人への行動制限が必要であるかどうかは現場次第です。
動画の事例
制圧は目指さない
『さすまた』を持った職員は、刃物と自身との距離を保つためにさすまたを持つことは問題なし、しかるべき行動だと思います。
さすまたを持って、犯人に近づいていく行動については、必要性について議論すべきです。
図上演習をするならば『刃物を持った男と職員が机1つ分、50cmほどの距離で対峙している』というシーンであれば、その職員との距離を広げるためにさすまたを持って近づくことがあっても良いかもしれません。
一方で『刃物を持った男は部長席に座り、職員とは机3つを挟んですぐには近寄れない位置に孤立している』というシーンの場合、犯人の自傷行為は止められませんが、職員を含め被害者を出す危険性は遠ざかっています。
この状態でわざわざさすまたを持って近づくと、刃物との距離を縮めることになりますし、犯人を刺激することにもなります。
職員に求められているのは被害を生み出さないことであって、脅威を制圧することではありません。
爆弾なら?ヒグマなら?
刃物は独り歩きしません。所持する者が居り、扱い方次第で凶器になるものです。
相手が人間だから、話せばわかると思うのか、力勝負になれば多人数で勝てると思うのか、制圧に走る傾向があるかもしれません。
相手が爆弾や手りゅう弾を持っていたらどうでしょうか。
スイッチ1つで爆発する、手を開けば爆発する、といったものであればさすまたで制圧も防御もできないことは自明です。
相手がクマであれば、言葉は通じません。どれだけ力が強いかもわからないので、さすまたは取り上げられるかもしれないですし、簡単に壊されるかもしれません。
爆弾やクマにもさすまたで応戦し、制圧しますか?
掛ける言葉に問題は?
今回のケースで刃物を持った男に対し、
『落ち着いてください』
という旨の言葉が掛けられていました。
これは市役所に入っているコンサル会社の常套句なのかもしれませんが、他市でも同じ言葉が使われます。
怒り心頭の人に対し『落ち着いてください』は有効な言葉でしょうか。自身が言われたとき、どんな気持ちになるでしょうか。
この言葉について『命令はしていません。お願いしています。』という主張をされる、とある市職員が居られました。
『落ち着いて頂くことはできますか?』であればお願いやお伺いになるかもしれませんが、状況を鑑みると『落ち着け!』と命令されているように捉えられかねません。
ここで『落ち着いてください』と声を掛ける目的を考える必要があります。
声掛けで冷静にはならない
刃物の有無に関係なく、相手の怒りや興奮を鎮めるには作法やテクニックが必要です。
相手が人間である限り、感情や誠意が伝わります。
今回の高浜市役所の事件では、テレビ報道を見る限りは市役所職員に非が無いと思いますが、市職員が適正な対応をしていても、相手は刃物や石油を持ち込むほどに追い詰められていたということだと思います。
すなわち、冷静ではないと思います。
経緯を振り返らずに『落ち着いてください』と言葉を掛けても、相手は理解しないと思います。
特に、後から現場に来た人が『落ち着いてください』と言っても、これは命令と捉えられても仕方ないです。
相手は人間なので、論理立てて物事を考えます。
怒りを鎮める基本行動に『傾聴』があります。
一旦は、すべての意見を聴きます。
非があればお詫び
相手の怒りが、自らのミスなどに起因するであろう場合は、明確なお詫びが不可欠です。
単に頭を下げて、謝罪の言葉を述べれば完了という考えを持つと、火に油という状態になりかねません。
謝罪したから責任を問われると考えてしまうのは仕方ないことですが、お詫びを申し上げる間は、そこを考えないようにしないと、空気が伝わってしまう恐れがあります。人間、敏感です。
相手の言い分に対し『私の××の発言が、傷つける言葉であったことをお詫びします』と具体的に示して、自らの改めるべき点を明示することで冷静さを取り戻して貰える可能性があります。
対応策を示す
自らに非があれば改善が必要ですが、非がないとしても、相手にとっては不利益や不満が残るようであれば、何らかの解決策を提案することも重要になります。
今回の高浜市役所のケースでは、税滞納に関する経緯があった上での月10万円の納税の約束を、減額させて貰えないかという交渉の余地が無かったことが遠因であると報道されています。
納税は国民の義務であるとして、市役所の業務としては徴収しなければならず、徴収しなければ税の公平性が失われてしまいます。
なぜ、払えないのかという点については、何らかの解決策があるのかもしれませんが、それは税担当の市職員の業務範疇ではないと思います。
一方で、同様に納税困難者が居るとして、その対応に時間を割いて、さらに自身が危険にさらされる可能性があるとすれば、俯瞰的な業務改善として納税困難者への対応を考えて行っても良いかもしれません。これは市職員が個人的にすることではなく、市議会や市民の協力が不可欠です。
事件が起きている瞬間に対応策を示すことは難しいですが、このような人が来ると想定できる場では、平時から行われる図上演習などと並行して、対応策の候補を挙げておくと良いと思います。
『落ち着いてください』に代わる○○
さて、『落ち着いてください』について再考します。
怒りに満ちて極度に興奮している人に『落ち着いてください』は逆効果であると仮定します。
この言葉を置き換えるとすれば何か、そもそも言葉を掛けるという行動を置き換えるとすればどのような行動があるか、考えてみます。
この思考訓練は、私たちが提供する図上演習の中でも実施します。非常に重要であり、有用な訓練(演習)です。
交渉術で言うと、相手の要求を先に聞く手法があります。
『どのような結果をお望みですか?』『欲しいものはありますか?』といった言葉を掛けます。
提案も1つの方法です。
『お話しの場を設けますので』『支援制度があるので説明させて貰えませんか』など、手札があれば提案できると思います。
経緯を詳しく聴くことも重要です。怒りの原因は経緯のどこかにあります。
『あなたを理解しないと何もできないので、何があったか教えてもらえませんか?』『何か失礼なこと、不満に思うことがあったのであれば、教えて頂けませんか?』など、聴き出すと良い効果が見られる場合があります。
1問目では、怒りの最大要因が出されると思いますが、言い残したことがあると怒りが再来する恐れがあるので『他にありませんか?』『せっかくなので、すべてお聞かせください』などと声を掛けることも有効な場合があります。
どのような言葉を掛けるにしても、相手の立場、相手の気持ちがわからなければ、誠実さが伝わりません。図上演習などを通じて怒る側、激高する側の立場も演じることが重要です。
カスハラと分類する前に
今年は話題の多い『カスハラ』ですが、安易にカスハラに分類すると、事態の収集が難しくなる場合があるので、特にマネジャークラスの職員は冷静な判断が必要になります。
責任者ではない窓口職員が、罵詈雑言を浴びる必要はまったくないと思いますが、相手が怒る原因が、すべて相手の責任ということは少ないと思いますので、全体像の把握が必要だと思います。
ある市役所では、来庁者が少しでも大きな声を出すと、その来庁者を複数名で囲んで『落ち着いてください』と言葉を繰り返します。これは何十年も続く伝統や慣習のようなものだそうで、基本的には市職員の性善説、市職員に一切の非が無く来庁者が悪いので、問題の無い行動だと市役所では明言しています。
ある市議会議員からの指摘では、市職員が気に入らない来庁者が居れば、その来庁者を少し怒らせれば市職員側がマウントを取れるので、ギリギリまで火に油を注ぐような言動をしてしまう恐れがあるとしています。
その上で、市役所でしかできない手続きもあるので、それをさせないということを、怒った来庁者の自業自得とするのは公共サービスとしていかがなものか、との指摘もありました。
本質的に解決すべき問題を棚上げし、その場での言葉や態度だけで『カスハラ』と片付けてしまうと、根本原因が残ったままになるため『カスハラ』が繰り返されることになりかねません。
市役所であれば独占業務なので再来して貰えますが、民間サービスであれば顧客を失うことになるので、根本原因分析は不可欠だえると思います。
『前例がありません』はトリガー?
『カスハラ』との接点として、消費者の意見を踏みにじるような言動があります。
ある商品について、異常を発見したユーザーが販売者元にその旨を伝えました。
その際に販売元から『そのような事象は確認されておりませんので、お客様の使い方の問題です』と返しました。
しかしながら、その後に同様の問題が多発し、製品に潜在していた不良であることがわかりました。
最初の異常発見であれば、前例がなくて当然です。
個人であれば消費生活センターが仲介役となってくれますが、それでも応じないメーカーはあるようです。
筆者は以前、スマホ用のUSB-Cのケーブルを購入した際、なぜか内容物がiPhone用のLightningケーブルでした。
販売元にその旨を伝えましたが『そのような報告事例がありません』という対応でした。
『嘘は言っていません』と返しましたが、再び前例がないという回答で、対応はしない旨が通告されました。
こうなると、嘘つき呼ばわりされたと感じてしまっても仕方ないと思います。
本件の結果ですが、後日連絡があり『事例が確認されたので対応します』ということでした。レシートを持って店舗まで来るように言われましたが、300円の商品のために5千円の交通費は負担できないので交換は諦めましたが。
前例主義は有用な方法ですが、工業製品でもサービスでも人間が関係すればミスも起こると思いますので、まったく聴く耳を持たないというのは、自ら法人の名誉を棄損するかもしれません。
逃げるが勝ち
刃物やガソリンなどによる脅威と対峙したとき、それを制圧する必要性は低い事は先述のとおりです。
高浜市役所のケースであれば、来庁者を退避させたあとであれば、市職員も退避しても良かったと思います。
守るべきものがなくなれば、市職員も退避行動に出ても良いと思います。犯人を見失うと二次被害の恐れがありますが、10分もすれば警察が到着すると考えれば、さすまたを持って近づく必要もなく、犯人を庁舎内にとどめておくという程度で十分であったと思います。
今回の犯人については、以前からトラブルがあり身元がわかっていたようなので、逮捕という点については当日でなくてもできると思います。
刃物やガソリンといった脅威を無力化するための警察による制圧のためには庁舎内で完結させた方が市民の安全に寄与すると思いますので、そのあたりの目標志向で対応できると、市職員も傷つかずに済んだのではないかと思うところはあります。
上図は今朝受信した防犯の案内です。
『刃物様のものを所持し現在逃走』している男性が居るとの情報です。
大阪府警からは『距離をとり身の安全を確保』してから『110番通報』ということで、刃物は近づかなければ被害の危険性が下がる、十分な距離を取りましょうという情報提供がありました。
ガソリンor灯油
高浜市役所の事件では、犯人が何らかの可燃性液体を持参したようですが、これがガソリンであったか、灯油であったかで、被害の規模が違ったかもしれません。
赤色のガソリン携行缶が持ち込まれたようですが、中身が何であったのか、それをどのような状態で撒いたのか報道だけではわかりません。
灯油は、布などに染み込ませた状態で燃やすことはできますが、液体に直接着火するのは簡単ではありません。
ガソリンは、ライターの火を近づけただけで爆発的に発火する恐れがあります。
ガソリンは引火点が-43℃以下、発火点が300℃の揮発性の高い油です。ガソリンは氷点下40℃でも気化し、引火します。
映画のワンシーンで、ガソリンを撒いたあと、ジッポライターに火をつけた状態で待つ時間がありますが、距離によってはライターに火が付いた瞬間にガソリンが爆発的に燃えているかもしれません。
頭から石油系の何かを掛けた犯人が居るというケースで、それが灯油であれば本人が燃える、ガソリンであれば爆発を伴う可能性があり部屋中で被害が出るかもしれない、という点に注意が必要です。
また、石油をかぶった犯人がライターを持っているとして、灯油であれば着衣などに浸みた灯油に着火する必要がありますが、ガソリンであればライターに火が付いた瞬間には爆発的に燃焼すると思いますので、一瞬で物事が動きます。
液体の色で言えば茶褐色がガソリン、ニオイも独特ですので、ガソリンであることが疑われる場合は、1秒でも早く退避です。
強盗が来たら退避
店舗などの防犯についてコンサルティングする場合、オーナーやマネジャーには『原則退避』について了解を得て、従業員には早々の退避行動を促しています。
接客カウンターや事務所に強盗犯が来て金銭を要求された場合、レジなどのわかりやすい場所から現金を取り出し、渡すようにしてもらいます。
強盗リスクがあり、置かれている現金が高額である場合は保険を掛けるようにしてもらいます。保険があれば奪われた金品は補償されるので、従業員が傷つくより格段に平和的です。
コンビニでは、1日に何十回も、売上金を店内ATMに入れてしまうというルールにしています。レジには10万円に満たない現金しか無ければ、全額強奪されても保険を掛けるより安上がりです。最近はキャッシュレス化により、そもそも現金取引が激減しているため、コンビニ強盗も減っているようです。
一般の店舗では、一方向性の金庫を設置してもらうことがあります。従業員は、売上金をポストのような金庫に入れることはできますが、その金庫を開けられるのは店長やオーナー、セキュリティ会社だけに絞ることで、強盗に諦めてもらう口実をつくることができます。
関わり方の再考
いろいろと書いてきましたが、来訪者が激高してしまった場合や、暴漢や強盗のように犯罪目的での来訪者に対しては、制圧はしないことを前提とします。
制圧はしないが、怒りを鎮める努力をするというケースは、凶器などを持参していないであろう場合です。
凶器が確認されている場合や、強盗のように犯罪目的の場合は、速やかに退避することが安全対策として重要です。他の来訪者の安全確保が優先され、それができていれば従業員も退避することを目指します。
都市部で言えば、救急車は7~8分で到着します。警察もサイレンを鳴らして来る場合は同じくらいの時間だと思いますが、少しもめたという程度であれば1時間待ちも覚悟すべきなので、状況を的確に判断し、身の危険を感じれば1分でも早い到着を要請すべきです。
身体を傷つけられる恐れがあるケースでは、関わらない方向へ進む、原則だと思います。
図上演習
ケース毎の対応について、どのような選択肢があるか知り、身に付けるには図上演習が有効です。
対応を失敗してしまうとしても、演習での失敗は実害が出ませんが、本番での失敗は生命を落とす危険すらあります。
まずは『目標』を定める、その目標に向け適した行動がとれるようにいくつかの選択肢を持つ、いずれの選択も採れるように訓練や備蓄をしておく、ということが必要かなと思います。