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看護学生が学ぶ「災害看護」と「災害時の看護」 | NES’s blog

 弊社は医療機関のコンサルティングを生業としており、臨床経験もあるためか、『災害看護』についてお問い合わせをいただくことが多くあります。




災害看護

 『災害看護』でGoogle検索すると筆頭に日本看護協会が候補されます。日看協のウェブサイトを開くと下図のようになります。


 そこには『災害支援ナース』という記事が掲載されています。
 災害支援ナースとは、被災地住民の健康維持・確保に必要な看護を提供します。
 勝手に名乗るものではなく、厚生労働省医政局が実施する災害支援ナース養成研修を修了し、かつ、厚生労働省医政局に登録された看護師の総称が災害支援ナースです。

【参考】日本看護協会:災害看護




ある種の専門診療科

 災害看護や災害支援ナースは、救急や集中治療などと同じように専門的な診療科のようなものであると考えられます。

 専門家ゆえに、それを担うためには専門的な知識や技術、経験が求められます。

※.災害看護や災害医療は標榜診療科ではありません。

【参考】日本医師会:診療科名の標榜方法の見直し
【参考】日本集中治療医学会:医師届出票「集中治療科」追加について




タマゴが学ぶ災害看護

 看護学校で『災害看護』を学ぶことは、非常に重要です。

 多くの看護師が担う仕事ではないとしても、どの職種でもなく看護師が担うべき仕事であるため、看護師のタマゴとして知っておくべきことだと思います。

 看護学生が災害看護に興味を持ち、熱心に勉強することは良いことだと思いますが、新卒で災害看護を専門とする看護師になるというのは、少し違うかもしれません。

 日看協のウェブサイトを見ると『基礎知識』と書かれた各論をいくつも学ぶ必要があります。研修対象に選ばれるためには、一定の経験を有する必要があると考えられます。

 ここで定義される『災害支援ナース』には、看護師としての経験に裏打ちされた能力が求められているようなので、看護学生が就職先として災害支援ナースを探しても、見つからないかもしれません。

【参考】日本看護協会:災害看護




災害拠点病院

 災害看護を職業にしたいと考える場合、学生時代に勉強しておくことは無駄なことはありません。

 ただし、看護師としての経験をしてから知る情報と、未経験で知る情報は、リソースが同じでも捉え方に大きな差が生まれると思います。

 実務で災害現場を経験できる可能性があるとすれば、災害拠点病院への就職はその機会が増えると考えられます。

 災害拠点病院では『災害医療』についての教育研修の場があり、その講師を務められるような医師や看護師が在籍していると思います。
 人材育成の機会に触れやすいというだけでも、災害看護を生業とするチャンスに近づけると思います。

【参考】厚生労働省:災害医療




都会 or 地方

 もし、災害看護を生業とすることを目指して災害拠点病院へ就職する場合、都会と地方の病院、どちらが良いでしょうか。

 東京は災害拠点病院が80軒以上ありますが、大学病院など大規模な病院が多いため看護師は数百人~千人以上在籍していると考えられます。すなわち、限られた災害看護の席の争奪競争が激しいかもしれません。

 兵庫は基幹災害拠点病院が2軒ありますが、兵庫県災害医療センターと神戸赤十字病院は同じ建物、名義上は2軒ありますが実質的に1軒と見ることもできそうです。

 静岡は人口の割に災害拠点病院が多い印象があります。南海トラフ巨大地震を警戒する静岡県は23軒、三重県は17軒あり、その病床規模は大小様々なので、院内競争で勝ち抜くには好条件の病院がありそうです。

 災害が少ないと言われる山形県や岡山県などなどは、もしかすると自院の被災想定よりも、DMATとして全国各地へ赴くための訓練が充実しているかもしれないので、人材育成という面では良いのかもしれません。

都道府県基幹地域
北海道133
青森県28
岩手県110
宮城県115
秋田県112
山形県16
福島県111
茨城県117
栃木県112
群馬県116
埼玉県319
千葉県522
東京都281
神奈川県35
新潟県212
富山県27
石川県110
福井県18
山梨県19
長野県112
岐阜県211
静岡県122
愛知県236
三重県116
滋賀県19
京都府112
大阪府117
兵庫県217
奈良県16
和歌山県19
鳥取県13
島根県19
岡山県111
広島県118
山口県114
徳島県110
香川県19
愛媛県17
高知県111
福岡県132
佐賀県26
長崎県212
熊本県114
大分県212
宮崎県210
鹿児島県113
沖縄県112

【参考】災害拠点病院一覧(令和6年4月1日現在)




看護師の働く場

 医療機関で看護師を雇用しないケースは稀です。手術室への訪問型麻酔科や心療内科クリニックなどでは散見されますが、診療所でも『診療の補助』をする看護師がたくさん働いています。

 看護師が、看護師として働く場面には、何らかの形で看護が関わっています。

【参考】兵庫県看護協会:看護職の活動場
【参考】川崎市看護協会:看護職活躍の場所いろいろ




押し並べて必要なのは『災害時の看護』

 災害看護や災害支援ナースは専門的ゆえに一部の看護師に限定される話題ですが、専門を問わず看護師が直面するのが『災害時の看護』です。

 平時に看護をしていていれば、発災に居合わせる看護師がどこかに居ますし、職場が被災して参集する看護師もたくさん居ると思います。

 何が起きても生命や健康を危機にさらさないための看護継続が現場の看護師には求められるとすれば、災害に特化した看護をする『災害看護』よりも、『災害時の看護』の方が需要が多いと考えられます。




弊社顧客の多くが災害拠点病院以外

 弊社は減災や災害対策などを支援していますが、その顧客の中で災害拠点病院はごく僅かです。

 普遍的な医療機関や高齢者施設などが、非常事態に直面しても重要業務を継続できるようするために、弊社のコンサルティングをご利用されています。

 新患は取らないが、災害に居合わせた入院患者らの診療は続ける、地域の分娩は全数受け入れる備えがある、といった平時の医療に責任を持つという姿勢の医療機関が非常に多いです。

 そこには多くの看護業務が存在し、大勢の看護師が関わっています。

 災害時の看護の担い手は、非常に多く居ります。




災害時の看護実践

 発災後の現場は混乱が必至です。

 平時は当たり前に使えている電気や水道が止まり、大地震では天井やガラスが落ちて粉々になっているかもしれません。
 外も見れば火災が起きている、崩落した建物がある、血だらけの人が殺到している、そのような光景を目の当たりにするかもしれません。

 パニックを起こす人も居るかもしれません。

 非常に過酷な状況の中で、看護をしなければなりません。

 実行可能な看護は何か、求められている看護は何か、限られた情報の中から見つけ出していく能力が必要です。




リソースと限度

 災害看護と災害時の看護を比較すると、対象患者に大きな違いがあります。

 災害看護は、提供できるリソースに合わせて対応できる最大数の患者に対応します。すなわち、下限はありませんが、どこかで上限を設けることになります。

 災害時の看護は、自院の及ぶ範囲内、例えば入院患者限定で看護を提供します。誰一人として見捨てることができないので明確な下限があります。
 もし、動ける看護師が3人で患者が50人居たとしても、50人分の看護を続ける工夫をします。リソースの充不足に関わらず患者数分の看護を提供するのが災害時の看護の厳しいところです。




教訓が受け継がれづらい

 災害医療や災害看護は学会やセミナーなどで経験談を拝聴する機会が多くあります。話す側も整理がしやすく『教える』という実感を持つことができます。

 災害時の看護は千差万別、十人十色、それぞれに平時に行われている医療が異なることから、災害時に実践した内容も異なります。あまりにも個別性が高いので話す側としては、どこからどこまで説明すべきか、どの部分が災害時の創意工夫であったのか、考えるだけでも混乱しそうです。

『業務を縮小して続けた発災後10日間の看護』
『発災後10日間の療養病棟の看護』

 上記のタイトルで集客しようとしても、インパクトがなく、『どうにかなるでしょ』という感じが出て来そうな気がします。

『災害看護10日間の全記録』
『災害拠点病院緊急外来の看護』

 上記のようなタイトルだとアドレナリンが出てきそうな感じがして、ホールが満席になるかもしれません。

 実際には、学問的に体系化された災害看護よりも、臨機応変が求められる災害時の看護の方が難しいのではないかと思います。

 人の生命や健康を預かるという面では、いずれも責任重大な仕事です。

セミナー




弊社は『目標志向』推し

 弊社では、災害時の看護の実践に向けて、目標志向行動をとれるように教育や訓練を実施しています。

 目標志向行動(goal-oriented action: GOA)とは、途中の過程を細かく問わず課題を解決するものです。

 院内で共通の目標や方針を掲げ、それに向かって進んでいく際に、指示待ちにならないよう自律的・自立的な行動を促します。
 一方で、無秩序にならないようにも気遣います。

 そこで必要になるのがマネジメントです。

 平時から演習や訓練を通じて、院内のボーダーラインを決めておきます。
 多少のルール逸脱も許容できるが、そこに在るデメリットを知り、少しでも安全な方法で課題を解決できるように技術や知識を身に付け、備蓄品を充実させます。




違法行為の助長(?)

 違法行為を助長する訳にはいきませんが、法を守ったがために生命を落としたとなると、それはそれで問題が残ります。

 刑法第三十七条『緊急避難』は下記の条文になっています。

(緊急避難)
第三十七条

自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

刑法

 これが適用されるかどうかは『害の程度』『情状』によるとされているので、ケースバイケース、確約はありません。
 また、ここには法を犯しても良いとは書いてありません。

 津波が迫る中、横断歩道を探して渡る必要があるのか、赤信号を守っている必要があるのかと問われると難しい判断になりそうですが、ここで道路交通法に抵触してでも行動を起こすとすれば、なぜ横断歩道や信号が存在するのかを考える必要があると思います。
 道路横断中に車と接触してしまえば、結局は津波から逃れることもできないかもしれないですし、車を運転していた人や救助に参加した人も津波にのまれてしまうかもしれません。

 目標志向行動をする場合、特に安全確認については怠らないようにします。




学校の先生からは教えづらい

 もう死語だと思いますが『赤信号みんなで渡れば怖くない』というフレーズが流行したことがあります。

 当然ながら、正しいことを教える立場の教師から『赤信号みんなで渡れば怖くない』という言葉だけを切り取って紹介すると反発があると思います。

 信号などなかった江戸時代やそれ以前は、車両といっても馬や人力車でしたし、交通量も少なかったので『譲り合い』で交通整理が成立していたと考えられます。

 信号機が譲り合いの延長線上にあるとすれば、ある側の人々が譲らないという選択肢をとる、赤信号をみんなで渡れるという選択をするということは自己主張なのかもしれません。

 津波が来ているのだから、全員が同じ方向に逃げるべき、一人でも多くを助けるために赤信号なんて無視すべき、という考えについては、背景事情を踏まえて議論することは許されても、学校の先生が『赤信号も無視する』とは言いづらいかなと思います。




黒信号なら

 大地震のあとの津波だとすると、停電している可能性もあります。停電すれば信号機も消灯します。黒くなった信号であれば、無視も何もありません。

 停電が起きたあとの信号は、警察官による誘導が始まるまでは『譲り合い』の場になります。

 この譲り合い、スムースな道路であれば優しい心で譲れますが、発災後の混乱期は、皆がどこかへ急いでいるので、なかなか成立しないようです。

 そこで役立つのがラウンドアバウトです。

 欧州には多いようですが、日本では非常に少ない環状交差点です。信号はなく、車両は円形の交差点を回りながら、希望する出口へと進みます。

 信号がないので、停電に強い交差点です。

【参考】JAF:ラウンドアバウト(環状交差点)とは?
【参考】Google Map:車塚・富松ラウンドアバウト
【参考】震災後の地域再生を考える – 1.17 –




災害時の看護の学び方

 さて、災害時の看護に戻りますが、『どのようにして勉強したらよいですか』といったご質問をいただくことがよくあります。

 災害時の看護については、ベースとしてどのような能力を持っているのか、同僚にどのような能力を持った人が居るのか、というあたりで学ぶべきことが異なってきます。

 共通して学ぶとすれば、対応力を向上させるための知識です。

 断水が発生したときに行い得る対応とは何か、給水車が来てくれた時に何をするのか、どのような段取りが良いのか、看護師も参加すべきか、といったことを考える上では、色々な知識が必要になります。

 看護師のタマゴ、ヒナ、ベテラン、マネジャーでは、学ぶべきことも大きく異なります。

 学問として確立されていないので、広く、浅い知識を身に付けることが勉強法かもしれません。




筆者の講義

 筆者は、災害時の医療や看護について講師をさせて頂くことがあります。

 そのときに、広く浅い知識を教授するようなノウハウセミナーを開いている訳ではありません。

 基本的な考え方、どのような目的でそれを学ぶのか、といったことを説明します。

 『院内すべての職種を俯瞰して適任者は誰か』など場面を想像してもらうことで、自分の役割を明確にしてもらっています。

 看護師は日頃からマルチタスクであり、多能工のような職人技が光りますが、災害時にはさらに色々なことの担い手になります。

セミナー




看護学校で講義

 看護学校での講義経験は、今日の時点ではございません。

 阪神淡路大震災を消防行政の立場で経験した知人が、全国の看護学校へ講義に行っているそうです。

 被災者としての語り部はできませんが、医療従事者として知っておくべき知識や、身に付けておくべき技術など、これまでの経験に基づくお話はできるかなと思っております。

 看護学生に向けての講義、機会を頂戴できればありがたいです。




おわりに

 今回は『災害看護』と『災害時の看護』の違いについて紹介しました。

 共通して、看護師の仕事であることは間違いありません。

 災害看護は、一部の看護師が関わる仕事、災害時の看護は、すべての看護師が関わる仕事、のようなものだと思います。

 災害看護は学問として確立されていそうですが、災害時の看護は様々な分野に関わる学際的な位置づけであり、専門家が居る訳でもないので、体系的な教育方法は確立されていないと思います。

 何を学ぶべきかという前に、災害時に看護師は何をするのか、平時の看護をどのような形で継続するのか、そのあたりを考える必要があると思います。

 今回、筆者自身が『もし、看護学校から講義を頼まれたら』と思って深掘りしてみました。未来の看護師、タマゴやヒナたちに届けるメッセージを考えておきたいと思います。

 最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。