この記事は2024年3月11日に公開予定であった記事を令和6年能登半島地震発生を受けて前倒しして公開しました。 |
人工透析とは
人工透析とは、腎代替療法です。腎臓は老廃物を尿に変えて排泄する仕事をしています。厳密にはホルモンを出したり色々な仕事をしていますが、おおざっぱに言えば水分と老廃物を尿として出すのが仕事です。
腎臓の機能不全、腎不全は急性と慢性があり、急性の場合は可逆的な場合もありますが、慢性腎不全は移植以外に治る見込みのない不可逆的な病態です。
慢性腎不全の場合、慢性維持透析などと呼ばれる人工透析による腎代替療法が行われます。その透析には体外に血液を導き出してダイアライザと呼ばれる膜を利用して浄化した血液を体内に戻す血液透析と、腹膜透析と呼ばれるお腹に透析液を貯留して腹膜などを介して体内から透析液側へ老廃物などを出して、その透析液を体外に捨てる治療法があります。
慢性維持透析患者の大多数が血液透析、これを一般的に外来治療、すなわち通院して日帰りで行っています。
1回の治療時間は4時間が標準的、月水金か火木土の週3回が標準的、祝祭日を問わず年間を通じて固定した曜日に4時間実施されています。
1人・1回・120リットル
外来で行われる慢性維持透析、血液透析、人工透析、呼び名は色々ですが人工透析としますが、患者1人あたり、1回の治療で120L以上の水を使います。
透析液という物を1分間に500mL流すのですが、それが4時間ですと0.5L/min×240minで120Lとなります。
厳密な水量は….
透析液は一般的に、透析施設内で製造されます。
1: 1.26: 32.74の比率で薬剤Aと薬剤Bの2剤をRO水で混和します。パウダーが2.26、希釈水が32.74なので、先述の120Lの内、32.74/35、約93.5%が水なので112Lの水を消費ということになります(計算を簡略化)。
RO水は逆浸透膜(reverse osmosis membrane)を介して得られる水です。
水道からRO膜に入った水は、濾せるか否かで分離されるので、膜を通れなかった分はRO水にはなりません。
仮に95%が通過するとしても5%のロスです。112LのRO水を造るには118Lの水道水が必要です。
もしロスが10%あれば、125Lの水道水で112Lの水を造ることになります。
ダイアライザという膜を介すとは言え、血液と透析液は互いに触れるものなので、透析液に菌や毒素が入っていれば患者に感染症などを起こします。ゆえに透析液は清浄度を求められます。
透析液や配管の清浄度を保つために、透析開始前から透析液が流されたり、終了後に洗浄液が流されたりしますが、その工程でも水を消費します。
厳密に計算をしていくと、僅かなずれが生じますが、ベッドが100床あれば0.1Lのズレでも総量では10Lになるので、1日2Lの水を求める断水市民が居れば、5人/日の水になります。
厳密に管理できなければ
使用する水道の量を厳密に計算できないと、生命か財産、あるいは両方にダメージを与えます。
例えば、誤差が2割もあると、4時間分の透析液を確保できると思っていたところが3時間程度しかできず、透析不足が生じます。
2割というのが1回の透析で完結すると上記のとおりですが、これが5回に分けた透析の4回目で水が枯渇すると、5回目に透析を受ける予定であった患者は透析ゼロ、老廃物が1%も減っていないことになります。
あるいは、透析は全員施行できたが、配管などを洗浄する水が足りないとなると、配管が汚染してしまう恐れがあります。
清浄度を保てない配管では透析液を流せないので、次の透析はできません。配管を全交換ということにはならないと思いますが、相当な洗浄が必要であると考えられますし、設備が使えない期間は収益ゼロになりますので、透析施設として危機的です。
逆に水を余らせることになると、その分が断水市民に回っていればよかった、ということになります。
トイレや風呂に水を使う事は贅沢だということで我慢している断水市民が何万、何十万と居るかもしれません。
温かいスープを作りたかったが、まずは飲用水確保ということで寒い中、我慢していたかもしれません。
透析施設に給水車
透析施設に『給水車は行きません』と断言されるケースは考えづらいですが、現実として来るどうかはわかりません。
下図は兵庫県西宮市の事例ですが、透析施設に給水車が横付けして、給水できるかを試した様子です。
西宮市は行政が協力的、危機意識も高くこのような共同訓練が実施できる関係にあります。
ただし、課題もあります。
給水タンクから落差で水を落とすタイプの給水車の場合、地上に停車した給水車の吐出口の高さはせいぜい1m程です。受水槽の高さは3m以上あるかもしれません。1mの所にある水を3mに揚げるには2m分のエネルギーが必要です。
1杯10Lのバケツで2tの水を運ぶと200杯です。
透析患者50人、120Lずつですと6tになるので600杯です。1滴もこぼさず、清潔に運搬して10kgを600工程です。
【参考】西宮市:県内初! 透析医療機関を対象とした応急給水訓練(2017年9月13日)
大阪・京都
2023年12月の学会で『大規模災害時の断水による大阪市および京都市の透析実施可能性と支援透析選択時期』という題名で学会発表しました。
Best Presentation Awardにノミネートされましたが、受賞には至らなかった発表です。
この研究の中では、大阪市域、および京都市域における断水のシミュレーションを行っています。
給水車の保有台数が大阪市16台、京都市11台であることから、全台3t積載と仮定しました。
京都市役所から松ヶ崎配水池間が片道6kmを基準に、時速40km/hrで給水車が移動すると仮定しています。
受水と送水に吐出量300L/分のポンプを使用するものとしています。
すると、1回の給水が38分でした。
24時間、1,440分を38分で割ると約38なので、38回/日の給水ができるという理想的な数字が出てきました。
地域防災計画を参考に断水人口を導き出し、1人あたり3L/日の水を必要とすると仮定します。
大阪北部地震の際の高槻市への給水車派遣による救援が初日に16台あったので、既有の給水車に16台足して給水を行った場合のシミュレーションをすると、概ね24時間で断水人口の全員分になるという数字が出ました。
実際は破綻
前述の数字は、非常に都合の良い数字を並べています。
現実を見ると、大阪北部地震や阪神淡路大震災のような局地的な一部都市の自身であれば救援が来る可能性は高いかもしれませんが、南海トラフ巨大地震や上町断層地震など人口が多いエリアで広範囲に被害が出る地震では、給水車の救援は期待薄です。
大阪市や京都市のような碁盤の目をしたような道路のつくりでは、容易にグリッドロックが起こるのではないかと考えます。ロックまで至らずとも、大渋滞は不可避ではないかと思います。1km進むのに3~4時間もかかるようになれば、給水車は1日に1~2回しか仕事ができません。
断水人口についても読みづらいところがあります。
簡単に言えば、水源に近い場所で配管が破断すれば、それより下流で断水が起こる訳なので、道路が大きく陥没してしまうようなことが大阪北部地震でも起こりました。地震の大小には関わらず道路陥没は恐れるべき脅威です。
理想と現実
理想的なことを言えば、透析施設のために
先述の西宮市の訓練の記事には『大植クリニック』と『宮本クリニック』という名称が出てきますが、それぞれの透析ベッド数は以下の通りです。
- 大植クリニック:48床(2階と3階の合計)
- 宮本クリニック:76床
仮に、月水金と火木土の4クールを満床で回しているとすると、透析回数は以下の通りです。
- 大植クリニック:96回/日
- 宮本クリニック:152回/日
単純に1人120Lで計算すると、水道水の消費量は以下の通りです。
- 大植クリニック:11,520L
- 宮本クリニック:18,240L
バケツリレーで毎日1,000工程以上は体力的にしんどいですし、衛生的にも良くないと思います。
視点を変えて給水車の往来ですが、2t積載できる給水車で大植クリニックが6台分、宮本クリニックが9台で少し足らないため10台分です。
給水は以下のような工程で行われます。各工程が10分程であったとしても1時間に1回の給水です。
- 浄水場で給水設備の順番待ち
- 給水車へ給水
- 浄水場から給水拠点(透析施設)へ移動
- 給水
- 浄水場へ移動(給油や運転手交代)
停電が発生した場合、信号がダウンするので必然的に交通渋滞が発生します。
大植クリニックと宮本クリニックの場合は乗降客の多い駅に近く、かつ地域の幹線道路にも近いので道路交通の条件としては悪い方だと思われます。特に国道43号線は出入できる箇所が限られているため、駅へ迎えに行こうとする車と、幹線道路に出ようとする車が互いに動けなくなるグリッドロックが発生する恐れがあります。
車がまったく動かない状況になれば、給水車も動けません。サイレンを鳴らそうが、何をしようが変化はないと思います。
阪神医療圏
神戸市の東側にある尼崎市、西宮市、芦屋市、伊丹市、宝塚市、川西市、三田市、猪名川町で構成する阪神医療圏はエリア人口175万人です。お隣の大阪北摂エリアの豊能医療圏と三島医療圏を足したくらいの人口規模です。
中核市である西宮市は人口48万人、尼崎市は46万人規模です。次いで宝塚市が約22万人、伊丹市が約20万人、三田市や芦屋市が約10万人です。
弊社の調査によると、尼崎市と伊丹市はそれぞれタンク容量2トンの給水車を2台ずつ保有しています。西宮市は3トンが2台、2トンが1台、1.8トンが1台の計4台です。
西宮市は100平方キロの面積、お隣尼崎市は50平方キロ、伊丹市は25平方キロです。
1台あたりのカバーエリアは西宮市と尼崎市が25平方キロ、伊丹市は12.5平方キロです。正方形で言うと西宮市が尼崎市が5km×5km、伊丹市は3.5km×3.5kmを1台の給水車がカバーします。
断水している市民1人あたり2リットルずつの給水をしようと思ったとき、2トンで1,000人分です。
尼崎市の人口密度は約9,000人/平方キロなので、断水エリアが1km×1kmであったとしても、9回の給水が必要です。
西宮市地域防災計画によると、南海トラフ巨大地震の津波による被害想定では、発災1日後の断水人口が82,150人です。1人2Lとして164,300リットル、1人3Lなら246,450リットルです。約25トン、2トン積載の給水車で12回分になります。
阪神医療圏3,640人で220トン
2021年度の阪神医療圏における人工腎臓の診療報酬算定回数は567,774回です。1年365日を7日で割ると約52週間、その52週間に週3回の透析を受けると156回、すなわち透析患者1人あたり156回/年の透析が施行されていることになります。
先ほどの算定回数を156回/人で割ると3,640という数字が導きだされます。均等に割れば月水金クール1,820人、火木土クール1,820人です。
1,820人が120Lの水道水を使うと218,400リットル、218.4トンです。2トンの給水車110回(杯)分です。
断水人口1人2Lの水とした場合、109,200人分の給水をやめれば全透析患者の水を確保できることになります。
逆に言うと、透析用水を優先したがために、109,200人が給水を受けられない可能性があります。
もし、水を求めて移動しなければならない事態に陥ったとき、3,640人の患者を移動するのか、109,200人の被災者を移動するのか、どちらを選ぶべきかという判断が迫られます。
労力として単純に考えれば、50人乗りのバスで73台と2,184台の違いは歴然であり、透析患者を移動させた方が早いとわかります。
透析患者の移動に係るリスク、生命や健康へ危害が及ぶ可能性については医学的な判断が必要なため、単純に比較はできません。
透析患者を安全に移動させられる期間が発災後24時間以内であるとすれば、発災直後から支援透析を選択し、移動を開始すれば給水で揉めたり、難しい判断を迫られたりしません。
目標は透析
透析医療における目標は『透析施行』で間違いないでしょうか。
これは見る角度、言う立場で本質的な部分が変わると思います。
医療機関が言う『透析施行』は、もしかすると『自院での透析施行』ということかもしれません。
平時の医療において医療機関は、ブローカーではないので行為が伴わなければ対価を得られない、すなわち自院で透析を施行しなければ対価は得られません。
その考え方を災害時にも適用してしまうと、自院での透析施行に固執することになってしまいます。
患者の立場から言わせれば、自身に透析を施行してくれればどこでも良い訳で、目標となる透析施行は『自身への透析施行』ということになります。
- 自院での透析施行
- 自身への透析施行
字が違うのは2文字だけですが、手段がまったく異なると思います。
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