世間では『人生100年時代』などと言われていますが、100歳までの生活をどのように想像すれば良いでしょうか。
30歳代で家を建て、築30~40年で大規模改修(リフォーム)、70歳前後での大仕事です。
退職金などを活用し新築する方も多く居ります。
このとき、どのような家をつくりますか?
- 戦後の住宅事情
- 労働移動と高度経済成長
- 国道16号線
- 団塊ジュニア
- 人生100年時代
- 医療福祉施設の現況
- 枯渇の懸念
- 介護施設・事業者の縮小
- 人手不足
- 本題の家づくり
- ダウンサイジング
- 機能性を考える
- 間取りを考える
- 一般的なリノベーションフロー
- マンションのリフォーム(リノベ)
- 戸建のリフォーム(リノベ)
- 細かな指示
- 相談先
- 訪問サービス
- 防犯カメラ
- 借りる
- 住宅供給過多・高齢者住宅供給不足
- 貸主・売主になる
- 物件の価値創造
- 賃貸物件を持って入居
- まずは住みよさを考える
戦後の住宅事情
昭和30年代、大都市では人口急増による住宅の量的不足が起こりました。
木造の長屋や○○荘といったアパートが続々と建ち、とりあえず住む場所を確保するという時代でした。
職住近接の時代、徒歩や自転車で通勤する、昼食は自宅に戻る文化が普遍的であったため、住居の質よりも近場、という考えも根強かったようです。
木造住宅密集地域を『木密地域』などとも呼びますが、昭和30年代の建物も残るような場合は延焼・類焼の恐れがあり、防災上のハザードとして捉えられています。
東京では『都営桐ヶ丘団地』が造成されました。140棟、4,758戸のマンモス団地です。
造成当時は風呂が無かったので、団地内には銭湯がありました。
筆者も子供の頃にこの銭湯へ幾度も行きました。1980年代だったと思いますが、台所に無理やりユニットバスを置くような工法で、団地にも風呂が整備されたと記憶しています。
労働移動と高度経済成長
農業から工業へと労働移動が盛んになり、集団就職などで都会に出て来る団塊世代も増えたことで昭和40年前後に団地が多く造成されました。
昭和40年代は中卒労働者を『金の卵』と呼び、就職列車や船などが運行されました。集団就職で子供だけが都会に行くケースが増えましたが、親世代と共に転居する少なくないため、都市部の住宅不足は深刻になります。
昭和40年代の大型開発『ニュータウン』では多摩(東京)が20万人規模、千里(大阪)は15万人規模で計画され、各地に数千戸規模の団地が造成されました。
埼玉には松原団地駅がありましたが、ここも15万人規模で造成された団地です。
およそ10年の間に数万戸の団地が造成されたことで、型通りの同じ様な住居が広まりました。
国道16号線
昭和40年代は団地の造成だけでなく、一戸建て住宅街の大型造成も多く行われました。
関東で言うと国道16号線の以南か以北かで時代が分かれるような感覚があります。戦後生まれが戸建を持つような昭和50年以降は主に国道16号線以北での造成地になり、それに伴って鉄道駅が新設されたり、車両編成が長くなったりしました。
この造成地や団地に住んだ団塊世代が多いことから、国道16号線周辺には団塊ジュニア世代も多く居ます。
筆者が育った埼玉県幸手市にも団地があり、他にも200~300軒規模の住宅街造成がいくつも行われました。
東武鉄道の幸手駅は始発駅でしたが、1986年には両隣に南栗橋駅・杉戸高野台駅の2つの駅が新設され、始発駅ではなくなりました。電車が10両編成になったのも同じ頃だったように記憶しています。団塊ジュニアが通学で電車を使い始める頃にも重なり、継ぎ足されたような屋根もないホームが端の方にあったと記憶しています。
幸手の大型開発は1980年代の香日向(かひなた)エリアが最後だと思います。1990年には香日向小学校が開校しましたが、2012年には閉校(長倉小へ統合)しています。
幸手市は国道16号線以北です。
団塊ジュニア
2000年に30歳前後となる団塊ジュニア世代の住まいは大きく2つのエリアに分かれました。
育った地域に残る人と、都会に移り住む人に大別できます。
エレベーターのない団地は独身なら住めますが、子育てには不向きということもあり、徐々に団地から離れていきます。
1998年には日本で最初のタワーマンション『エルザタワー55』が竣工し、都市部で住宅の高層化が進みました。
生活圏を変えず地元に残る団塊ジュニア世代の需要に応じ、郊外でもマンション建設は活況で、30~50戸規模のマンションは住宅街にも散見されるようになりました。
職住分離が普遍化しているので、片道1時間以上の通勤も普遍化、朝晩の満員電車も普遍化しています。
人生100年時代
『2025年問題』とは、団塊世代が全員75歳以上となり、超高齢社会が一層進むことになるという課題を表した言葉です。
75歳はゴールではなく、そこからまだまだ長いというのが『人生100年時代』です。
団塊世代後期の1950年生まれが90歳になる2040年には、団塊ジュニア世代後期の1975年生まれが65歳、すなわち両世代が高齢者となります。
言葉の定義で『高齢者』を70歳以上にしてしまえば高齢化率を下げられると怪しい提案をしている人も見られますが、少なくとも健康状態は65歳以上の身体になります。
2040年の時点で高齢者が4,000万人規模、人口が1億人以上であったとしても4割です。出生数が落ち込む一方で長寿命化が進めば、高齢化率は5割を超える可能性もあります。
医療福祉施設の現況
現在の介護施設数は以下の通りです。これを多いと見るか、少ないと見るか、地域によっても差があると思います。
人口の多い地域では、入所型の施設数が増えている一方で、月額費用が低い施設では順番待ちも多いので、不足感があると思います。
人口の少ない地域では、そもそも事業者が少ないため、慢性的に不足している地域も多くあります。
種別 | 2023年 |
---|---|
介護保険施設 | 13,786 |
介護予防サービス事業所 | 62,440 |
地域密着型介護予防サービス | 22,198 |
介護予防支援事業所 (地域包括支援センター) | 5,361 |
居宅サービス事業所 | 125,925 |
地域密着型サービス事業所 | 47,903 |
居宅介護支援事業所 | 37,784 |
保険適用の介護保険施設の施設数と定員の詳細は以下のとおりです。2023年の数字で102万人です。前年比4,057人の微増です。2023年に70歳になった世代は150万人以上いることからみると、桁が違います。
雑な計算ですが、2023年の高齢者数が3,635万人であったとすると、介護保険施設は2.75%の高齢者が利用できることになります。
種別 | 施設数 | 前年比 | 定員(人) | 前年比 |
---|---|---|---|---|
介護老人福祉施設 | 8,548 | +54 | 597,973 | +5,219 |
介護老人保健施設 | 4,250 | -23 | 369,365 | -1,374 |
介護医療院 | 791 | +61 | 46,970 | +3,146 |
介護療養型医療施設 | 197 | -103 | 6,052 | -2,934 |
事業別の従事者数を見ると、産業の規模にしては少ないという印象があります。工業では機械化が進めば人員減ができますが、医療や介護は人的リソースが主であるため、今後の不足が懸念されます。
大分類 | 中分類 | 従事者数 |
---|---|---|
介護保険施設 | 介護老人福祉施設 | 492,556 |
〃 | 介護老人保健施設 | 270,426 |
〃 | 介護医療院 | 38,710 |
〃 | 介護療養型医療施設 | 7,024 |
訪問系 | 訪問介護 | 545,257 |
〃 | 訪問入浴介護 | 25,772 |
〃 | 訪問看護ステーション | 180,317 |
通所系 | 通所介護 | 484,154 |
〃 | 地域密着型通所介護 | 230,217 |
〃 | 通所リハビリテーション(介護老人保健施設) | 66,127 |
〃 | 通所リハビリテーション(介護医療院) | 889 |
〃 | 通所リハビリテーション(医療施設) | 56,381 |
その他 | 短期入所生活介護 | 368,679 |
〃 | 特定施設入居者生活介護 | 198,129 |
〃 | 認知症対応型共同生活介護 | 252,267 |
【参考】厚生労働省:令和5年介護サービス施設・事業所調査の概況
枯渇の懸念
2020年の国勢調査時点での人口分布は以下の通りです。5歳階級で800万人以上の世代は40歳以上まで、それ以下になると徐々に減って行きます。COVID-19流行以降に生まれた世代は1学年70万人台、5歳階級で300万人台になる可能性があります。
年齢階級 | 人口 |
---|---|
90歳以上 | 2,351,263 |
85~89歳 | 3,669,823 |
80~84歳 | 5,296,728 |
75~79歳 | 6,930,928 |
70~74歳 | 9,011,795 |
65~69歳 | 8,075,268 |
60~64歳 | 7,297,190 |
55~59歳 | 7,767,482 |
50~54歳 | 8,539,851 |
45~49歳 | 9,650,293 |
40~44歳 | 8,291,077 |
35~39歳 | 7,311,567 |
30~34歳 | 6,484,594 |
25~29歳 | 6,031,964 |
20~24歳 | 5,931,306 |
15~19歳 | 5,617,440 |
10~14歳 | 5,350,517 |
5~9歳 | 5,089,093 |
0~4歳 | 4,516,082 |
2025年時点で高齢者施設がギリギリ足りない状態であるとします。お亡くなりになる方が居られれば空きが出て、1~2年も待てば入所できる程度だとします。
2030年までの5年間に、新たに65歳以上になった人が700万人、亡くなった高齢者が500万人であったとすると、高齢者は200万人増加していることになります。
次の5年、その次の5年も高齢者は純増すると考えられます。
一方で、2040年頃には団塊世代も亡くなる『多死』の時代でもあり、団塊ジュニアが高齢者になるとは言え、その下の世代では人口が少ないために、新たに高齢者施設を建てて開業しようという事業者は少ないと考えられます。
介護施設・事業者の縮小
介護事業は、介護が必要な人が需要家であり、供給があっても需要が生まれるものではありません。
2025年時点の高齢者は3,650万人、2030年には3,700万人、2035年3,800万人、2040年3,900万人、2045年3,950万人と増え続け、2050年には3,800万人台に減りはじめます。
高齢者の数だけでなく、その分布にも大きな変化があります。2030年には80歳あたりにスパイクが見られたグラフが、2040年には70歳あたりを頂点としたグラフに変わります。
橙と赤の高齢者の部分に注目すると、男性は年齢が高くなる毎に減る様子がわかりますが、女性は70~90歳が一律に並ぶような形になっており、もしかすると75歳まで生きられた女性は、90歳までお亡くなりにならないのかもしれません。
2050年はピークが80歳前後にシフトし、それ以上の年代はキレイな斜線になります。ピークの頂点が男性は80万人、女性は90万人、不平衡が生じる可能性があります。
2050年以降、高齢者の成り手が減るということは、介護が必要になる人も少なくなるということです。
建物の寿命を70年、新築から40年で大規模改修して30年後に解体とした場合、2000年の介護保険制度開始当時に建てた施設は2040年に改修時期を迎えます。
2040年に改修したとして、そこから30年間も施設運営が上手くいくのか考える必要があります。2070年の高齢者人口は3,350万人程度、2040年から560万人減ですが、ベースとして3,000万人以上の高齢者が居るのでビジネスとしてはどうにかなるかもしれません。
一方で、2025年までに建てられた介護施設数では、2040年の需要には対応しきれません。この間に高齢者人口は275万人増加します。
足らずを埋めるために2030年に新築した施設は2070年に大規模改修の時期を迎えますが、その40年間で高齢者は330万人減る試算です。老朽化したとはいえ2000年代に建てられた介護施設も健在ですので供給過多は容易に想像できます。
2025年の3,650万人と同水準に戻るのが2060年、高齢者人口のピークは中間の2043年と予想されています。
病院のような鉄筋コンクリート造の建物の耐用年数は39年です。仮に3分の2の26年で建物の採算がとれるとした場合、2034年に建てれば2060年に採算ベース、そこで廃業しても赤字にならない事業計画が立てられそうです。
2034年に介護施設の需給バランスが一致して稼働率100%であったとした場合、高齢者人口3,750万人にちょうど良い施設数となります。
ピークは2043年、高齢者人口が3,750万人に戻るのは2056年なので、22年間の供給不足が訪れる可能性があります。
人手不足
建物は工事すれば増やせますが、人員は増やせません。
外国人労働者が増えたとしても、人手不足が解消するかわかりません。
コロナ禍生まれの子供たちが大学を卒業して2045年頃に就職、その頃には高齢者人口減少が現実になっており、斜陽産業と見られている介護業界に就職するとは考えづらいです。
施設をつくってもスタッフが集まらないのであれば、施設を作ること自体がリスクになるので、やはり需要過多は深刻になりそうです。
本題の家づくり
今から家を建てよう、リフォームしようという団塊ジュニア世代以上、1975年以前に生まれた人は、高齢者施設の不足を視野に入れた構想をした方が良いと思います。
一般的な家づくりは、住人の快適性や満足感など『今』に志向します。売る側としては、遠い未来の話をするよりも、想像しやすい今の話をした方が進捗が良いですし、追加工事なども発生しやすくなります。
見方を変えると、30年後を見据えた家づくりのプロが少ないのかもしれません。
様々なプロが居ますが、自身の人生について最も詳しく、最も関心を寄せているのは自身だと思います。自身の30年後について想像するとき、自身で想像することは欠かせません。
自身のプロは自身、そのつもりで家づくりを進めると良いと思います。
ダウンサイジング
同居人が居るかどうかで変わるところはありますが、2階建てや3階建てが必要ないお宅も増えてきます。
主たる生活空間と、トイレや風呂などをワンフロアーにまとめることなどを考える必要があります。
お宅の建て替えを機に、平屋建てにするケースが非常に多くなっています。
同じマンション内で4LDKから2LDKに引っ越す、そのタイミングでリフォームもする、というダウンサイジングもあります。
機能性を考える
最近の家はバリアフリーであることは当然のようになり、宅内のドアも高さがとれるようになり、ドア枠も車椅子がギリギリ通れるくらいに改良されているものが多いです。
現役世代には必要性が低い手摺などは、将来設置できるように下地を入れておくなどの計画は必要だと思います。
在宅医療や介護に必要となる機能は他にもたくさんあります。
そこは、知見を持つ人の意見を取り入れるべきだと思います。
(弊社にも知見がございます)
間取りを考える
家屋の基本的なつくりは、四角形の組合せです。
居室もトイレも浴室も、どれも四角形です。
間取りを考える時、まずは四角形のパズルのような作業をしていきます。
キッチン、トイレ、洗面、脱衣、浴室は絶対必要なスペースなのでどこかに確保します。
それ以外のリビング、ダイニング、居室、収納などを考えていきます。
一般的なリノベフロー
一般的にリノベーションやリフォームを進める上で、以下のような手順を踏みます。
- リノベ機運
- 業者選び(複数可)
- 業者へ相談・問合せ
- 業者への要望伝達
- 現地調査
- 基本構想・概算
- 施主・業者間の打ち合わせ
- 見積
- 契約
- 基本設計
- 詳細打ち合わせ
- 実施設計
- 着工前最終打合せ
- 施工
- 完成検査
- 引き渡し
- アフターサービス・メンテナンス
リノベーションしようという機運が高まったあとは、依頼先候補を探します。ネット検索でも、知人に聞くでも、ケアマネジャーに相談するでも、方法は何でも良いと思います。
次に業者と会って相談していきますが、ここから先は業者側としては仕事を頂きたいので、耳障りが良い話が続く事になります。
完全に流されて工事を終えて、満足するという施主が多いのは事実だと思いますが『人生100年時代』を見据えた、未来志向のリノベーション・リフォームとなると、いま現在のことだけではないので、施主自身が未来構想を持っていないと、希望した家にはならないかもしれません。
したがって、フローの3~8番目のあたりでは、施主として要望をまとめ、業者と会う前に、あるいは契約をする前に、施主の要望をまとめておく必要があります。
できれば、契約までの期間を十分にとってくれそうな業者さんを選んだ方が良いと思います。
建築に関する知識を業者さんから与えてもらいつつ、施主としての基本構想をまとめていくことができれば、最高のリノベーションになると思います。
マンションのリフォーム(リノベ)
マンションの場合、外壁などの改修は共用部として全体で行われます。建物の耐用期間は50年以上、建て替えまでには相当な期間があります。
購入したマンションの宅内は、所有者の自由な部分が多く、特に間取りは所有者が自由に変更することができます。
例えば、下図のような間取りのマンションに住んでいるとします。ここをリフォームする際に、将来の介護にも対応できるようにしてみたいと思います。
水回りは工事費が高くなるため、この計画ではキッチンや浴室は触らずにリフォームすることにします。
Plan A
下記プランでは、真ん中の洋室2部屋を一旦壊して、間仕切りを造り直します。
将来、ケアを受ける人が生活するスペースを、当面はコモンスペースとして使えるようにします。このプランでは無窓室になってしまいますが、8畳の広さを確保していますので、応接室や遊戯室、書斎などとして使えると思います。
ケアが必要になった際、外部から訪問看護や介護に来て貰うことになるので、活動してもらうエリアを限定した方が良いです。それを見越してケアルームには医療機器や衛生材料を保管する収納があると良いです。
同様に、ケアルームからトイレや浴室へのアクセスができた方が良いので、そのアクセス性の良さと、車椅子対応の通路を確保しています。扉は引き戸にして、通路幅一杯まで開くようにします。
トイレ横と洗面横にも収納を設け、こちらは専ら家族が使う場所として、訪問者には開かないようにしてもらいます。必要に応じてカギを取り付けても良いと思います。
細かいですが、玄関の下駄箱を少しだけ奥に引っ込めています。車椅子での移動にしても、ここに手すりを付けるにしても、10cmでも20cmでも幅が広くなると劇的に動きやすくなります。
ケアルームでは医療機関や介護施設で使われるような、キャスター付きのベッドを利用する場合、宅内で移動させることもできます。リビングへベッドごと移動することも想定し、引き戸で2枚の扉を開くことができ、1.6mくらいの開口を得られると思います。
家族がケアラーになる場合、24時間ずっと見ているのはしんどいですが、何かあったときに気づける方が熟睡しやすい人も多いので、ケアルームの隣室に、扉一枚でつながるような部屋を設けます。ここは元の洋室とアクセスを変更しています。
リビングから直接往来できることで、ケアラー自身のプライベートな時間も確保できるようにしています。
ケアラーの寝室は、2人目のケア者のために使う事も想定します。夫婦で自宅介護が必要になった場合、夫婦別々の空間は欲しいが、ケアラー達には効率よく仕事をしてもらいたい、という場合に引き違いの戸で隣接していると便利です。
夫婦で寝たきりに近くなった場合は、リビングにベッドを2つ置いてケアを受ける可能性もあります。
Plan B
下記プランでは、真ん中の洋室1部屋を一旦壊して、隣接する洋室とリビングの間仕切り壁などを造り直します。
将来、ケアを受ける人が生活するスペースを、当面はコモンスペースとして使えるようにします。このプランでは無窓室になってしまいますが、6畳ほどの広さを確保しています。
ケアが必要になった際、外部から訪問看護や介護に来て貰うことになるので、活動してもらうエリアを限定した方が良いです。それを見越してケアルームには医療機器や衛生材料を保管する収納があると良いです。
トイレや洗面は扉を引き戸に変更するに留めて改修費用を抑制するようにプランしています。
細かいですが、玄関の下駄箱を少しだけ奥に引っ込めています。車椅子での移動にしても、ここに手すりを付けるにしても、10cmでも20cmでも幅が広くなると劇的に動きやすくなります。
このプランでは、ウォークインクローゼットを設けており、玄関側の洋室とリビングの隠し通路として使う事ができます。
ケアに参加しない家族、例えばお子様が玄関側の洋室を使うことを想定しています。ケアルームと玄関の間に扉は設けていませんが、ロールスクリーンなどで仕切ると良いと思います。そうすることで、ケア者以外の家族がトイレや洗面を使う際に、光や音を気にする度合いを軽減させることができると思います。
ウォークインクローゼットを広く取ってあるので、他の収納が縮小されています。
家族がケアラーとなる場合、ケア者の近くで就寝することになりますが、仕切りの無い同室となると疲労もたまりやすいので、個室を設けています。
入口は引き違いでプランしていますが、洋室とコモンスペースの間は扉を広く開けられるタイプにしても良いと思います。扉を外して2室を1室化することも可能です。
間取りとは関係しませんが、コモンスペースとウォークインクローゼットの間仕切壁に、窓っぽいものを付けて、そこを有機ELパネルのようなもので光らせることで、より窓っぽくなるので、無窓室でもサーカディアンリズムを保てる可能性があります。
Aプランに比べて取り除く壁や柱が少なく、元の建材を活かせるので、リフォーム費用はAプランより安く抑えられるのではないかと思います。
戸建のリフォーム(リノベ)
下図は、ありがちな2階建て戸建て住宅の1階部分です。ここを、在宅医療や介護を想定しリフォームします。
Plan A
トイレの便器を交換するかどうかは別にして、トイレ内での介護が可能なように少し広くします。同時に、入口をドアから引き戸に変更します。
洗面所の入口も車椅子で出入りできるような形にするために引き戸に変更し、ケアルームから直線的に移動できるようにします。
ケアルームの元のドアは触らないで温存、壁の改修が必要な洗面側に引き戸を新設して、車椅子でも出入できるようにします。
車椅子や歩行器で宅内を移動できる程度であれば、リビングのドアも引き戸に変えることで、自力で1階の全域を移動できるようになります。玄関やLDKの壁紙を貼り替えるなどの工事が発生するので、予算とも相談になります。
介護サービスなどの出入りを玄関からにするのか、ケアルームに直接出入してもらうのか、そのあたりも要検討課題です。ケアルームの外にウッドデッキを付けて、玄関ポーチからスロープを付ければ自身の外出にも使えますし、外部からの出入にも使えます。
Plan B
トイレの便器を交換するかどうかは別にして、トイレ内での介護が可能なように少し広くします。同時に、入口をドアから引き戸に変更します。
戸建て住宅なので住人しか居ないプライベート空間なので、1階の間仕切りを取り払ってしまうことも検討して良いかなと思います。
ワンルームマンションっぽくなります。
思い切って玄関の所にあるLDKドアも取り払い、階段の昇降口に扉を付けても良いかなと思います。そうすることで1階は一体感があり、1階に居る者同士で存在を確認し合えると思います。
階段は扉かロールスクリーンを取り付けることで、空調効率を低下させない効果が期待できます。
細かな指示
前述のリフォームプランでは、間取りを変えるような指示しか出せませんが、実際には細かな配慮が必要になります。
例えば音と光です。
老いて身体能力が落ちて来た頃に、よく話題になるのがトイレです。何となく理解できるかなと思います。
深夜にトイレに行く際に、照明が暗すぎるとつまずく、明るすぎると目が覚めてしまう、という課題があります。
トイレを流すときには音が出ます。その音で起きてしまう人も居るかもしれません。足音ですら気になる人が居ます。
訪問看護を受けるレベルになると、処置で耳障りな音がすることもあります。処置には適正な光が必要なこともあります。
光と音だけでも、様々なシーンを想定して、設計する必要があります。
テレビがリモコン式になって久しいですが、あまり動かずに済ませられる生活空間を作ろうとするとする際には、無線化が有用であることがあります。
配慮すべき点は非常に多いため、専門コンサルタントを雇った方が、後悔する要素を減らすことができると思います。
相談先
リフォーム自体は、リフォーム業者が相談先の1つです。
リフォーム業者は、リフォーム工事をして利益を出す会社ですので、工事ありきであり、ときには企業の利益誘導になることもあります。
そこで、コンサルタントに相談することもご検討ください。
コンサルタントの種類にもよりますが、中には工事せずに器具で解決する方法や、条件に近い物件を探して転居を提案してくれるコンサルタントなども居ると思います。
また、既に医療や介護のサービスを受ける状態にある場合は、ケアマネジャーなどに相談するのも1つの手立てです。
ただし、建築に精通したケアマネジャーと出会う事は至難の業、滅多に居ないと思います。ケアの部分について要素を聞き出すことに専念した方が良い場合もあります。
新築は自由過ぎて大変
新築住宅は真っ白な状態からの家づくりをするので、20年後や40年後を見据えてのプランニングは相当に難しいです。
団塊世代が75歳以上になった今、もし団塊世代が新築するとなると100歳になっても築25年未満、まだまだ住める家ということになります。
自身の子や孫が住むのであれば容易に妥協してくれるかもしれませんが、売却するとなると、在宅医療や訪問介護に最適な家では、買い手が限られてしまいます。
団塊ジュニア世代は50歳代なので、100歳までは50年くらいありますが、亡くなる方が増える70歳代までは20年、80歳代でも30年なので建物は使い続けられるレベルです。
仮に健常生活10年、老いてはいるが普通に暮らせる時期10年、介護サービスなどを利用する時期を10年、築30年で自宅を売却する計画を立てようと思った場合、どのような家にしますか?
多くの人が健常生活の10年にフォーカスしますので、新築住宅での人生100年設計は容易ではありません。
訪問サービス
在宅で行われるサービスはどのようなものがあるのか、どのようなことを外部に依頼できるのか、とりあえず今の段階で存在するサービスを知る事が重要です。
訪問サービスを利用するのが20年後や30年後かもしれないので、その頃には新しいサービスがあるかもしれないですし、消滅しているサービスもあるかもしれません。それを予見するのは難しいので、まずは現存サービスから把握します。
わかりやすいところでは看護師による訪問看護、理学療法士による訪問リハビリテーション、介護士による訪問介護などが医療保険や介護保険が適用されるサービスです。
他に、家事サービス、保険外の入浴サービスやマッサージなども想定されます。
【参考】厚生労働省:介護事業所・生活関連情報検索, 全26種類54サービス
防犯カメラ
戸建て住宅の場合、建物周囲に防犯カメラを設置すると良いと思います。
それを見るのは遠方に住む家族かもしれませんし、ケアを受ける住人本人かもしれません。用途や目的は様々です。
どの角度にすべきかはプロに相談すべきですが、我々の目から見ると『防犯カメラを付けた方が良いのに』と思うお宅はたくさんあります。
特に、訪問サービスが出入していることが周囲に知れ渡ってしまう状態においては、運動機能が衰えた住人が居る事が知られることでもあります。
独居であるかどうかは外観からはわからないにしても、悪い人から見ればチャンスがあるかもしれない、と思われることもあります。
犯罪の抑止力として、防犯カメラは役立ちます。
弊社でも個人宅、マンション、ビルなどで施工やコンサルティングの実績があります。
宅内カメラ
宅内にカメラが要るのかどうかよく聞かれます。
弊社としては特に勧める物ではないと考えています。
特に自宅に居る時間が長くなる『老後』のような時期を想定している場合、常に見られている感じがしてしまいます。
遠方に住む家族が心配するので設置したいという要望も多いので、その場合は設置場所や画角を限定して提案させて頂いております。
MEカメラ
MEとは医療機器を指していますが、医療機器用にカメラを設置することもあります。
設置目的は機器の正常性確認、トラブル発生時の指示出し用です。
筆者も医療機器のプロとして病院勤務していた時代がありますが、院内でのトラブルは自身が駆け付けますし、夜間や休日の場合でも医師や看護師から電話が架かって来るので、共通言語で対応できます。
これが患家になると医療従事者との共通言語は少なく、目の前には危機が迫る家族が居る状況なのでパニック、大変なことになります。
そのようなときに、遠隔でカメラ映像を見ながら『右から3番目のツマミを時計回りに』『少し戻して』のような指示が出せるようになります。
もちろん、応急処置したあとは誰かが患家を訪問するか、医療機器と共に来院してもらいます。
借りる
賃貸住宅で在宅医療や訪問介護を受ける場合、サービス自体は容易に受けることができます。
ただし、合理的な居住空間、療養住環境が整っているかと言えば疑問符が付きます。
持ち家であれば勝手に改修できますが、賃貸ではできません。そうなると、療養住環境に志向した物件を探す必要があります。
介護老人保健施設は減少、介護老人福祉施設は増加していますが療養住環境を謳えるような賃貸住宅は極めて少ないです。
政府は在宅医療の確保と並行して『自宅以外の多様な居住の場』を整備すべきとしています。
とはいえ、貸主の立場としては、リスクのある人、入院や死亡を含めて退去の期限が見えていそうな人に貸すよりも、若くて長く借りてくれる人に貸す方がビジネスとしては正しい判断となると思います。
政府もこの課題は把握しており、対策を講じていますが、民業への口出しには限界があると思います。
このままですと、2040年には深刻な社会問題となり得ます。今のうちから社会全体で課題解決に取り組まないと住宅難民が溢れる恐れがありそうです。
【参考】厚生労働省・国土交通省:居住に課題を抱える人(住宅確保要配慮者)に対する居住支援について
【参考】厚生労働省:生活困窮者自立支援制度・生活保護制度 ・住宅セーフティネット制度等の見直し及び令和7年度概算要求状況に関する説明会(福祉部局・住宅部局向け)
【参考】厚生労働省:住宅確保要配慮者に対する居住支援機能等のあり方に関する検討会
住宅供給過多・高齢者住宅供給不足
2040年に向けた高齢者施設の不足については先述のとおりですが、住宅事情にも大きな波が到来します。
団塊世代が住み慣れた家を離れ、生活利便の高い都市部のマンションなどに引越す人が増えています。高齢者施設などに入所する人も増えています。
すなわち、中古物件が市場に出やすい状況になっています。
今は現役世代に団塊ジュニアも含まれているので買い手も居ますが、団塊ジュニアで家を買おうとする人も少なくなってきており、人口のバランスからするとファミリー向け住居は供給量が需要を大きく上回る可能性が出てきています。
『空き家率』とは、空き家数を住宅総戸数で割った値ですが、高度経済成長期は5%未満でしたが、現在は15%に迫る勢いです。
2024年4月末時点で賃貸用空き家は443万戸、内394万戸が共同住宅(集合住宅)です。
このままですと、築後年数が長い賃貸物件は入居者確保が難しくなる、事業性に乏しい資産になってしまう可能性があります。
現役世代の買い手市場で勝負するよりも、高齢者世代の売り手市場の方が賃貸ビジネスは上手くいくかもしれません。
貸主・売主になる
ここまで、自宅を家族のためにリフォームするイメージで話を進めてきましたが、違う視点も持つことができます。
自宅を賃貸に出す、既に持っているアパートを訪問サービス向けに適した物件に改修するということも考えられます。
様々な事情で自宅を売却することも十分に考えられます。
改修してから売却というケースは少ないと思いますが、施設に空きが出れば入所するために自宅を売却するが、それが何年後になるかわからないことも多々あります。
賃貸や売却を想定内としている場合には、家族構成など事情が異なる家族にも受け入れてもらえるような家づくりが必要になります。
弊社にも相談が
これまでに、4階建マンションや、2階建てのアパートなどについて相談を承ったことがあります。
デザイナーズハウスのような洗練されたものはクリエイティブな先生方に頼むのだと思いますが、弊社では現実路線、リアルな話のときに相談が舞い込むような気がします。
家主様は訪問看護や介護とは縁遠い、まだまだ現役で働いている方々だと思いますので、どのようなことを想定すべきかわからないといった感じでした。
細かな設備などについて、なぜ必要なのかも説明することで、そこに費用を掛けるべきか家主様の判断材料を提供させて頂いております。
車椅子生活の人が独居する場合には昇降式洗面台は有用かもしれませんが、外部のサービス事業者による介護では普通の洗面台で十分な場合がほとんどです。『ほとんど』ということは、賃貸物件であれば『必要なし』と皆様が判断されています。
このようなヒントや気づきが、弊社の仕事です。
【参考】療養住環境最適化 – 統合医工学
【参考】療養住環境 – BCP/BCM
物件の価値創造
売るにしても、貸すにしても、物件の価値が対価に直結します。
立地条件が似た物件がたくさん出て来る時代まであと10年も無いとすれば、これからの10年で物件価値を高めておく必要があるかもしれません。
賃貸の場合、どのような条件が重なると貸して貰えないかが分かれば、その条件の人向けに貸す事で、借り手が見つかりやすくなるかもしれません。
- 高齢者である
- 障害者である
- 認知症である
- 低所得である
- 独居である
筆者は下手でも手話ができるので、聴覚障害者と関わることもありますが、彼らも障害者手帳を持つ障害者です。一律に障害者だからダメという仕打ちを受けることもあるようですが、一般企業で働き定収入があり、見た目にはわからないほど健常者と同じ生活をする、といったことを知れば障壁となる課題はほとんどありません。
相手を知ることで、さほど問題ではない、しかも他の貸主たちは知らないとなれば、ビジネス上の優位性にもなります。
聴覚障害者が賃貸物件で困るのはインターホンなどの呼出です。音だけでなくランプでも知らせる装置を追加するだけで聴覚障害者に関心を持ってもらえます。
弊社には、このような個別性の高い相談も持ち込まれています。
賃貸物件を持って入居
借りる事ができないのであれば、思い切って中古物件を一棟買いして、自らも一室に入居するという方法があると思います。
訪問看護や介護のサービスを受けることを想定すると、同じ建物内で次々とサービスに回れる方が事業者としては合理的ですし、その合理性から、サービスの質が向上するのであれば、一棟丸ごと高齢者向けにしてしまうということも考えても良いと思います。
地域の賃貸相場より1~2割高く設定しても、売り手市場であれば貸し出すことができるかもしれません。
仮に2割増であったとすれば、本来24カ月入居で得られる賃料を20カ月で得られることになります。退去リスクを賃料でカバーするという考え方ができます。当然、24カ月入居してもらえれば賃料収入は2割多くなります。
視点を変えると、6戸の賃貸物件の1戸に大家である自身が住み、残る5戸に相場の2割増で満室状態を作れれば、自身の家賃を相殺することができます。
さすがに2割増は非現実的ですが、入居者募集の競争に勝つ要素にはなり得るので、満室維持に寄与する価値創造ではないかと思います。
まずは住みよさを考える
今回の記事では、色々と書いてきましたが、結局は住む人にとって納得や満足のいくものでなければなりません。
療養住環境には、療養環境と住環境の融合や妥協が必要です。
ただちに療養環境が必要なのであれば、療養にも重きを置く必要がありますが、そうでなければ住環境について100%偏重するのが一般的です。療養環境を考えると、住環境を削ることになります。
『とりあえず手すりだけでも』『バリアフリーくらいは』『風呂は家で入り続けたい』などの検討はしてみても良いのではないかと思います。
プロ・アマ問わず
弊社の療養住環境サービスは、患者様や施主様など個人のお客様へのサービス提供が多いですが、建築や不動産のプロフェッショナルの皆様にもサービスを提供しております。
お気軽にお問い合わせください。