『脅威に立ち向かう』という見出しの記事を読み、BCPコンサルタントとして、顧客にとっての脅威をしっかりと同定し、分析し、対策を打てているかと自問自答しました。
誰から見ての脅威なのか、顧客にとって本当に脅威なのか、BCP策定段階では話し合っていますが、最近は『水害のBCP策定を指示された』といったご相談も散見されます。ハザードマップを見ても水害が及びそうにはなく、自院にとって水害は脅威では無いと思われる場合もあります。
水害の患者を受け入れるという態勢は必要ですが、危害が無い中では『遠くの誰かにとっての脅威に立ち向かう』ためのBCPになってしまいそうです。
今日は、脅威について再考してみました。
脅威とは?
脅威とは危害を生む事象です。
総論として地震は脅威ですが、『脅威=地震』ではありません。
地震には規模があります。エネルギーとてのマグニチュードや震度などではなく、社会的なインパクトのような規模です。
地震が生命や財産に及ぼす事象が脅威となります。
建物の全壊を回避したいと考えた場合、それが目標(goal)になります。
建物の全壊にはエネルギーが必要ですが、主だったものとして地震、水害、火災などがあります。
危害を与えることができるエネルギーを持った存在が危害要因(hazard)になります。危害因子は存在するだけです。
危害を与える状態にあるハザードは危害因子(risk)となります。
火災は危害要因(ハザード)であるが、対岸の火事であれば危害因子(リスク)にはならず、隣家の火事なら危害因子(リスク)になります。
危害因子が実際に危害を加え、建物を全壊へと近づけてしまうと判断できれば、その危害因子は脅威になります。
地震で言うと、地震自体は危害要因(ハザード)であるが、自宅付近が震度7を観測するような地震は危害因子(リスク)であり、自宅は震度7には耐えられないと想定されるのであれば、『自宅付近の震度7の地震は脅威』と言えるでしょう。
この脅威は『自宅付近』や『震度7』が抜けると脅威ではなくなる可能性があります。
地震そのものの揺れによる危害、揺れによって倒壊した建造物等による危害、停電や断水、電話殺到による通信障害、デマによる人の殺到など、各論を掘り下げればいくつも挙げられます。
仮に危害を与える要因(ハザード)でも、自身には危害を及ぼさなければ脅威とはなりません。
筆者が育った埼玉県(海なし県)では波浪警報は出ません。津波も脅威と感じる事はありません。危害が加わる恐れが考えづらいからです。
脅威と危害は、表裏一体と考えると良いと思います。
※.上の2つの画像はいずれも当社徒歩圏で発生した身近な事例
自身の脅威
市民生活として自然災害は脅威ですが、他にも誘拐や強盗などの犯罪、自動車や落下物などによる偶発的事故、がんや感染症などの病気も脅威と言えます。
COVID-19で『三密回避』『マスク着用』などが推進された背景には、ウイルスと接触しなければ感染症は起こらないという原則があります。
ウイルス自体は危害を生み出す因子(ハザード)です。しかし身体に取り込まれなければ感染症は発症できないので、ウイルスとの接触を完全に断っていれば危害はありません。
自動車事故も、家から出なければ遭う可能性は限りなく低くなりますので、2020年の事故件数は激減しました。
家の中に居ても自然災害には遭います。遺伝的ながんに罹患する事もあります。巣ごもりが脅威をすべて遠ざける訳ではありません。
個人の生活を見渡すだけでも脅威はたくさんあります。
自院の脅威
事業を営む組織にとって廃業は避けたいケースだと思います。
廃業に近づかないために脅威を特定し、評価し、BCPを策定する事が多いです。
廃業となると従業員も取引先も困ります。
廃業の危機は資金ショートや集団離職などが原因として考えられます。大きな損失や売上減、横領や盗難など資金難は様々な要因から生じます。
医業の場合は廃業よりも、業務が停止してしまう事に対するBCPの策定が多いです。
『エッセンシャルワーカー』(Essential worker)という言葉を耳にされた方も多いと思いますが、医療がそれにあたります。
今この瞬間、医療というサービス以外では救い得ない患者が入院や治療を受けています。自院がサービスを停止し放り出せば生命に危機が及ぶかもしれません。
代替できるサービスが無く、同業者間でしか融通できません。自然災害では同業者も被災するため、自院の患者は自院で守るという選択肢の一択となり、それに向けたBCPを策定します。
診療の妨げとなる脅威は多種多様です。
脅威分析・評価
脅威となる要素は何か、その脅威はどのような影響を及ぼす事が想定されるのかを分析します。
脅威を『台風』とした場合、台風によって発生する事象を抽出し、業務や事業との関りを分析します。影響は直接・間接に大別できます。
分析した結果は評価します。
自院にどのような危害を及ぼすのか、その発生頻度や影響の大きさはどの程度か評価します。
数値化できる要素ばかりではないので、院内で議論を重ねながら、新しい知見があれば取り入れながら評価します。
脅威分析・評価の実務
脅威分析の実務は、業務の洗い出しから始まります。
まずは平時に行われている業務、非常時に特有の業務をリストアップします。
その上で、非常時に実施する必要のある業務であるか否かの区別や、重要度や優先度などを分類していきます。
次にハザード(危害要因)を想定・仮定します。
そのハザードが業務に及ぼす影響を検討します。
この作業が脅威分析になります。
ハザードに幾つかのバリエーションがあれば、その比較も行います。
例えば地震であれば、断水や停電の発生有無によってリスクが異なりますので、例えば停電しないならば脅威にならないが、停電する場合は脅威になる、といった分析から深掘りしていきます。
見直しが必要
危害が及ぶか否かについては、自院の対応策によって程度が変化します。
最新の制震構造に建て替えたあとも、築40年と同じ脅威があるとは考えづらいです。
反対に、老朽化していく設備を新品同様で評価していると、思わぬ危害が及ぶことがあります。
阪神淡路大震災が起きた1995年、高齢化率は10%程度でしたが現在は25%超の超高齢社会です。相対的に高齢者が増えましたが、若者の絶対数も減っています。
当時のマンパワーで出来た近隣住民による救出や避難所運営も、25年の歳月で大きく変化しています。
おそらく、新たな脅威が生まれていると考えられます。
見直しをしなければ、脅威を正しく捉える事は難しくなります。
米国機関に学ぶ脅威
アメリカ国務省の外交セキュリティサービスでは諜報活動、訓練、情報提供などを通じ米国の利益に対する脅威を阻止・検出・制圧します。
対スパイ活動はFBIと緊密に連携し、スパイ活動の脅威を分析し、活動を阻止しています。
各種資料には”threats”(脅威)という言葉が幾度も出てきます。
国益を鑑みた際の『脅威』(threat)ではありますが、脅威をどのように評価しているのか勉強になります。
[Link] U.S. Department of STATE: Countering Threats
アメリカのシークレットサービスにはNTAC、国家脅威評価センターという組織があります。
脅威を分析し、評価してフィードバックすることができます。
脅威評価のノウハウを活かして学校を標的とした暴力活動を阻止するための学校保護用の資料を提供、誰もがダウンロードできます。
拳銃などの武器が教育現場でも脅威となっている点は日本との違いを感じます。
[Link] U.S. Secret Service: NTAC, Protection
[Link] U.S. Secret Service: Protection America’s Schoools, 2019
[Link] U.S. Secret Service: Enhancing school safety using a threat assessment model, 2018
※.上記資料にはコピーして良いと明記されています。
おわりに
脅威を定義するには危害が必要であり、誰がどの程度の危害を受けるかを評価する必要がありました。
危害要因として仮定したものが、そもそも危害を生み出すものであるかも分析しなければなりません。
洋服屋さんでセーターを試着して静電気が飛んでも痛いだけで生命や財産に危害は及びません。
ガソリンスタンドで静電気が火花を散らせば爆発の危険があります。
当社でこれまで行ってきたBCP策定支援業務では、脅威について院内コンセンサスを得るようにお願いしてきました。
これからも変わらず、BCPを基底する部分であると考え、脅威の評価や分析を行っていきたいと思います。